建物の概要


  この洋風建物は、明治末期に建築された三潴銀行跡で、現在旧三潴銀行ホールとなっています。
  棟梁は、清力美術館を建てた中古賀の明工  筬島伝太郎氏で、石工は上方から呼ばれたと言われています。 建物の外観は、一見鉄筋コンクリート造りのように見えますが、構造は煉瓦造りコンクリート塗りで、 窓やその他の部分は装飾的に花崗岩を使用しています。 石葺きで、四隅は銅葺きとなっており、塔には避雷針が立っています。室内は欅材を用い、天井はドイツ製の 厚い鋳型打ちブリキを使い、ペチカは大理石やイタリア製のタイルを使用するなどハイカラな建物で、 当時は大川町では言うに及ばず探しにも比肩するものがないくらい堂々たる建物であった。 明治時代の洋風建築が次第に姿を消している今日、建築史上極めて価値の高いこの建物は、清力美術館とともに 貴重な文化財といえます。


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