政府の労働契約法案の危険性
――労働者の権利を奪う政府の労働契約法案に反対しよう!


 安倍政権は、一定の要件で残業代を不払いとする制度(ホワイトカラー・イグゼンプション制度)の導入に関しては、労働者からの批判が強いがゆえに今国会での改定を見送り、参議院選挙後に先延ばししました。しかし、「労働契約法案」については、今国会での制定を目指して法案を上程しようとしています。この「労働契約法案」については、マスコミなどでもあまり取り上げられてはいませんが、実は私たち労働者の権利を奪う内容を含んでいるとても危険な法律です。

★「労働契約法案」って何だろう?

労働契約法案は、労働組合の組織率が低下し、個別の労働争議が多発している状況の下で、「労働契約のルール」を定める法律が必要だという理由で作成されました。法案では、「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結」となっています。しかし、この「労使の対等性」をいかに保障するかについては何も定めていません。

あるがままの労使関係では、当然にも雇用される労働者の方が圧倒的に弱い立場に立っています。だからこそ「労働者保護」を目的とした労働基準法が制定されたのです。労働基準法の場合には、違反すれば罰則が科せられます。しかし、労働契約法案は、商取引を定めた商法などと同じ民法ですから、裁判に訴えない限りなんの強制力もありません。つまり、今後は、労働契約に関する紛争については、強制力のある労働基準法ではなく、罰則規定のない労働契約法により「解決」を図ろうとしているのです。

対象となる労働者が限定される?偽装請負が野放しに

 労働契約法案では、労働基準法や労働組合法と比べて「労働者」に関する定義が極めて限定的に使われています。これでは、当該企業に経済的に従属しているにもかかわらず、契約上は個人請負契約を結んでいる労働者は対象外とされてしまいます。つまり、偽装請負が野放しにされてしまうということです。

★労働条件の一方的な切り下げが可能になってしまう

(1) 労働契約法案の最大の問題点は、労働条件の切り下げが就業規則の一方的な変更によって可能となってしまうということです。労働契約法案では、一定の要件を満たせば就業規則の変更によって、労働条件を不利益に変更することを可能としています。

しかし、労働者の同意のない労働条件の一方的な切り下げ、とりわけ、賃金の切り下げに関しては、裁判の判例においても「賃金は最も重要な契約要素」であり、「従業員の同意を得ることなく、一方的に不利益に変更することは出来ない」とされてきました。

しかし、労働契約法では、この原則が明確にされていません。

(2) これまでの裁判でも、就業規則の変更による労働条件の不利益変更に関して、一定の要件があれば認められてきましたが、その際には厳しい条件がつけられていました。

 労働契約法においては、就業規則の変更が合理的なものであるかどうかの基準を四点あげていますが、これまでの判例から大きく後退した内容となっています。例えば、労働契約法案では、「就業規則の変更の必要性」があげられていますが、裁判の判例では賃金や退職金に関しては「就業規則変更の高度の必要性」が条件とされていました。また、判例では、代替措置を講じたかを問題にしていましたが、労働契約法では代償措置については触れられていません。素案の段階では「労働組合との合意」を条件にしていましたが、法案では「労働組合等との交渉の状況」に変更されています。現状でも、労働条件の一方的な切り下げが横行していますが、この法案が制定されればそれにますます拍車がかかりかねません。

 労働基準法が空洞化されてしまう?不当解雇が野放しに

 労働基準法18条の2で定められていた「解雇権の濫用禁止」条項を、労働契約法の中に移行させています。これは、単に定める法律が変わったという問題ではありません。

労働基準法の場合は、労働基準監督官が違反を取り締まりますが、労働契約法は、民法ですので裁判に訴えるなどをしない限り、問題とすることができません。これまで以上に不当解雇が野放しになる可能性が強いと言えます。このように労働基準法が空洞化されてしまう危険性が高いと言うことです。

労働者の権利を奪う労働契約法案の制定に反対しましょう!


労働契約法と労働基準法の違い

【法律の性格】

労働基準法――憲法27条「A賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」

この条文に則って、労働条件に関する最低基準を定めており、違反したら罰則があります。【強制法規】

労働契約法――商法と同じ民法。したがって、罰則規定はありません。

 

【法律の目的】

  労働基準法では、

憲法25条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」労働基準法は、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきもの」(1条)であることを保障するために、最低限の労働条件を定めています。

  労働契約法では、

1目的として「労働者及び使用者が円滑に労働契約の内容を自主的に決定することができるようにする」となっており、「労使自治」と言う考え方に基づいています。つまり、労働契約の内容については、労使で自主的に決めることであり、行政が介入すべきではないという考え方です。

 

【労働者の定義について】

労働基準法9条の「労働者」の定義によれば、労働者が直接雇用契約を結んでいなくとも、経済上従属させられている場合には、事業主に使用者責任が課せられます。例えば契約上では請負契約を結び個人事業主の扱いをされていても、裁判で経済上従属していると認められれば、突然の契約打ち切りなどが制限されることになります。

しかし、労働契約法では、労働者の定義を狭く規定しているので、経済上従属させていても事業主に使用者責任が問われなくなる恐れがあります。

 

【使用者の定義について】

 労働基準法10条の「使用者」の定義では、「事業主」だけではなく、「事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をするすべての者」と規定されているので、労務担当の管理職もこれに含まれます。

 しかし、労働契約法では「労働者に対して賃金を支払う者」と狭く定義しているので、会社の役員しか含まれないことになってしまいます。

 

【労働条件の決定】

(1) 労働契約法では、「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結」となっていますが、この「労使の対等性」をいかに保障するかについては何も定めていません。

あるがままの労使関係では、当然にも雇用される労働者の方が圧倒的に弱い立場に立っています。だからこそ「労働者保護」を目的とした労働基準法が制定されたのです。労働契約に関しては、労働基準法の第2章において定められています。それにもかかわらず、労働基準法とは別に労働契約に関する法律をつくること自体が労働基準法を空洞化させる意味を持ちます。つまり、今後は、労働契約に関する紛争については、強制力のある労働基準法ではなく、罰則規定のない労働契約法により「解決」を図ろうとしているのです。

 

(2) 本来、労使の対等の関係を保障するためには、立場の弱い労働者が団結する以外にはありません。そこで憲法28条、それに則った労働組合法が制定されたのです。

★憲法28条「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」

★労働組合法1

     「この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること…目的とする。」

ところが、労働契約法では、使用者と労働者は、普通の商品取引と同じようにあらかじめ対等の契約者として扱われています。実際、労働契約法では、労働契約に際して明示した労働条件が「事実に相違する場合には、労働者が即時に契約を解除することができる」ことを保障しているにすぎません。しかし、実際の労働者は、働く場を失えば、生活していく事ができません。

 

【労働契約の内容】

 労働基準法15条においては、「労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定められています。しかし、労働契約法においては、労働契約に際して明示しなくてはならない事項に関しても何の規定もありません。

 

【就業規則について】

労働契約法では、労働契約の内容について「合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、その就業規則の労働条件によるものとする」と定められています。労働契約に関する原則では、「労働契約は、労働者と使用者の合意に基づいて締結する」となっているにもかかわらず、具体的な規定においては、労働者の同意と無関係に制定された「就業規則の労働条件によるもの」としている。

しかも、労働基準法においては、89条で就業規則の「作成及び届出」が、106条で、労働者に対する「周知」が義務付けられています。違反した場合には、使用者に罰金が課せられます。労働契約法では、就業規則に関する規定は何もありません。

 

【労働条件の不利益変更】

(1) 労働基準法の2条の規定により、労働者の同意のない労働条件の一方的な不利益変更は認められず、無効となります。とりわけ、賃金に関しては、裁判の判例においても「賃金は最も重要な契約要素」であり、「従業員の同意を得ることなく、一方的に不利益に変更することは出来ない」とされています。つまり、これまでの裁判所の判例からしても、労働条件の不利益な変更は、「原則として許されない」(秋北バス事件・最高裁・昭和43)のです。労働契約法では、この原則が明確にされていません。

 

(2) また、就業規則の変更による労働条件の不利益変更に関しても、裁判の判例によって厳しい条件がつけられています。就業規則変更が合理的であるか否かを判断する基準としては、判例では以下のようなことがあげられています。

 

@労働者の被る「不利益」が大きいか否か。

A変更の必要性の程度・内容はどうか。特に賃金・退職金などの場合は「高度の必要性」(大曲市農協事件・最高裁・昭和六三年)が条件となっています。

Bその他の判断要素

ア、代償措置があるかどうか。

イ、変更の社会的相当性があるかどうか。

ウ、労働組合との交渉の経過はどうだったか。多数の労働者が賛成しているか。

エ、同業他社との比較ではどうか。

 

 労働契約法においては、就業規則の変更が合理的なものであるかどうかの基準を四点あげていますが、右の判例法理から大きく後退しています。例えば、判例では、A変更の必要性について、賃金や退職金は「高度の必要性」とされています。また、労働契約法では代償措置については触れられていません。素案の段階では「労働組合との合意」を条件にしていましたが、法案では「労働組合等との交渉の状況」に変更されています。

 

 

(3) しかも、労働契約法では、労働契約の内容の変更について、「就業規則の変更の手続きは、労働基準法89条、90条の定めるところによる」とされています。しかし、労働基準法の就業規則変更の手続きでは、労働者の代表からの意見聴取が義務づけられているだけです。つまり、意見さえ付記すれば例え労働者の多数が反対していても、手続き上は問題ないとされてしまいます。

 

【解雇権の濫用】

 労働基準法18条の2で定められていた「解雇権の濫用禁止」条項を、労働契約法の中に移行させています。内容はまったく変更がありませんが、しかし、単に定める法律が変わったという問題ではありません。

労働基準法の場合は、労働基準監督官が違反を取り締まりますが、労働契約法は、民法ですので裁判に訴えるなどをしない限り、問題とすることができません。これまで以上に不当解雇が野放しになる可能性が強いと言えます。

 

【その他】

 今回の労働契約案には含まれていませんが、審議の過程で素案にあった「解雇の金銭解決」、「変更解約告知」、「労使委員会」についての規定は削除されたものの、一旦法律が制定してしまえば、後で改定される危険性があります。

    「解雇の金銭解決」 裁判などで解雇が不当だと認定されても、金銭を払えば労働者を職場に戻さなくとも良い、という制度。

    「変更解約告知」 使用者が労働者に対して、新しい労働条件による労働契約の締結を申入れ、労働者がそれに応じない時は、整理解雇を告知することができるという制度。

    「労使委員会」 労働条件の変更などに関して、現存の労働組合との協議ではなく、職場の「労使委員会」での合意によって可能とする制度。実質上、少数派組合の交渉権を奪うもの。

 


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