<調査報告書12(完)>

欧米調査のあとがき

 

1 イタリア拠点の急増

 イタリアは、わずか10年ほどの間にヘリコプター救急拠点が急増した。その背景にあるのは、本文で書いたように、法律の制定と税制の改変が大きいと思われる。ただし説明としては、イタリア人の郷土愛の方が面白い。つまり、この国は古来フィレンツェ、ベネチアなど都市国家を中心に発展してきた歴史があり、イタリアという統一的な国家意識よりも郷土意識の方が強い。したがって州と州との間に競争心があり、隣の州でヘリコプター救急という近代的な手法を採用すれば、よしこっちもということになる。幸い財政内容も良くなった、というので急増したのではないかという見方である。

 これは俗説だが、イタリア人の気質として表向きを派手に飾るのは好きだが、中身は少々問題があっても大して深刻に考えない。ヘリコプター救急の医療効果は如何?、経済効果は如何?という質問を発しても、そんな研究論文はないとの答えだった。また、ドイツを初め、それにならった欧州諸国が救急治療開始までに15分という大原則を立てているのに、イタリアだけが20分である。ただし、その是非をわれわれが論評できないのは、日本にはそうした原則すら確立していないためである。

 2007年12月1日の日本航空医療学会総会でも、イタリアのヘリコプターメーカー、アグスタ・ウェストランド社のロベルト・ガラヴァグリア副社長は、日本はイタリアに対して人口2倍以上で国土面積は25%広く、山岳地の割合も2倍以上、国内総生産は国民1人あたりで1割ほど大きく、交通事故の死者も単位距離あたりでわずかに多い。にもかかわらずドクターヘリは4分の1以下であると講演した。もっとも、これは日本を非難するのではなく、それだけ今後ヘリコプター救急の発展の余地が大きく、ヘリコプターメーカーとしても期待するところが大きいという意味である。

 副社長は同時に、イタリアのヘリコプター救急の現状について、上のような図を提示した。われわれの調査結果とはやや異なるところもあるが、参考までにここに掲げておきたい。

2 アメリカの交通事故

 アメリカでは近年、本文に書いたとおり、拠点数もヘリコプター数も急激に増加した。民間の医療保険だけに頼っていたヘリコプターの飛行料金が、国の運営する高齢者向けの健康保険メディケアでも支払われることが明確になったことが背景にある。しかし地域によっては必要以上に機数や拠点数が増加したところもあり、安全問題も大きくなって、やや混乱気味である。

 しかも、救急拠点が増えた割には交通事故の死者が減らないという大きな問題が残っている。ドイツでは周知のように、救急ヘリコプターの増加に伴い、交通事故死が劇的に減少した。しかしアメリカでは、何故かそうならない。

 今回のAMTCで発表されたところでも、交通事故による死者は毎年およそ42,000人、重傷者25万人、入院50万人という数字はほとんど変わっていない。

 アメリカの道路はインターステイト・ハイウェイ(総延長75,800km)の61%、幹線道路(261,500km)の56%が救急ヘリコプターで15分以内の到達圏内にある。同様に人口の78%が救急ヘリコプターで15分以内の地域に住んでいる。にもかかわらず、交通事故の死者数に変りはない。アメリカ運輸省も2007年7月23日の発表で、交通事故は「アメリカの宿痾」と呼び、交通事故によって国と個人が蒙る損害額は年間2,300億ドル(約25兆円)と計算している。

 なお最近10年間のアメリカの交通事故による死者数は下表のとおりである。

死  者

死  者

1997

42,013

2002

42,815

1998

41,501

2003

42,884

1999

41,717

2004

42,636

2000

43,005

2005

43,510

2001

42,116

2006

42,642

3 フランスの停滞と日本 

 イタリアやアメリカとは逆に、フランスのヘリコプター救急拠点はなかなか増えない。2001年6月のHEM-Net調査では、SAMUの使っていたヘリコプターは夏だけの季節的な配備を含めても、1996年が38ヵ所、01年でやはり40ヵ所程度であった。今回も38ヵ所で、10年前と変わらない。 

 そのため、SAMUの医師たちによるフランス航空医療学会(AFHSH)が最近、ヘリコプター救急の拡充をめざしてロビー活動を始めた。この学会の発足は1994年だったというから、当時すでに30ヵ所以上の拠点が活動していたはずで、学会本来の目的は別のところにあったのかもしれない。 

 これを聞いて日本でも同じ年、1994年9月にエアレスキュー研究会(現日本航空医療学会)が発足したことを思い出す。目的は最初からヘリコプター救急の実現と普及であったが、活動を開始して半年も経たずして、95年1月17日阪神淡路大震災が起ったのである。 

 研究会の会員たちは、誰もが「案の定」とは思ったが、その後もヘリコプター救急はなかなか実現しなかった。阪神大震災の結果、大きく伸びたのは消防防災ヘリコプターで、それも情報収集の方に重点が置かれた。むろん救助と救急についても、さまざまな研究、調査、検討がなされたが、最終的に医師が乗らなくては、現下の救急救命士の制度では迅速な治療ができない。 

 というので1999年に内閣官房を事務局とする「ドクターヘリ調査検討委員会」が発足した。その結果、2001年から今のドクターヘリ事業が始まる。これを何とかして普及させたいという努力は、日本航空医療学会に加えて2004年頃からHEM-Netの活動も活発になり、昨2007年6月いわゆる「ドクターヘリ特別法」が成立した。 

 この成立時点で拠点数は11ヵ所。2008年度末までには17ヵ所になる見こみだが、運航費の負担をどうするかなど、まだまだ課題は多い。フランスが停滞的といっても、すでに38ヵ所で飛んでいる。国土面積に対する密度は、日本に換算すれば26機を超える。 

 今後、AFHSHのロビー活動によってフランスのヘリコプター救急拠点がどこまで増えるか、先進事例の中で最も希薄といわれるフランスだけに注目されるが、それでも現状は日本の2倍である。今回もまた日本の遅れを痛感させられる調査行であった。(西川 渉) 

(HEM-Net、2008.5.9)

トップページへ戻る