<調査報告書10>

第2部 アメリカ篇

第3章 病院拠点と地域拠点

 

1 病院外での病院拠点方式

 タンパはフロリダ半島西側にあって、前面にタンパ湾が広がる。イルカやマナティが泳ぐエメラルド・グリーンの海、白い雲が浮かぶ紺碧の空、海の向こうに太陽が沈むときのあかね色の空、やがて高層ビルの谷間に訪れるトロピカルの夜……。

 そんな観光パンフレットの宣伝文句も決して大げさではないのが、今回AMTCが開催されたフロリダ州タンパであった。その3日間の大会が終わった翌日、われわれは主催者AAMS(アメリカ航空医療学会)の役員も務めるケビン・ハットン先生と、助手のブライアン・ラグスデールさんに案内されて、ベイフロント救命救急センターを中心とするベイフライト救急事業を見学した。

 ベイフロント救命センターはタンパから湾を挟んだ対岸にある。広い湾を横切るのは長さ15キロほどのベイブリッジで、これを渡り切るとセント・ピータースバーグの町に入り、町を通り抜けた広大な敷地が病院である。

 このベイフロント救命センターがヘリコプター救急事業に乗り出したのは1986年であった。傘下に「ベイフライト」と呼ぶ非営利法人を設立し、屋上にヘリポートをつくって、ヘリコプター会社からチャーターした機体を待機させた。

 1997年には2機目のヘリコプターを追加して、タンパ郊外に拠点を置いた。このとき屋上ヘリポートに待機していたヘリコプターも近くのヘリポートへ拠点を移した。

 病院以外の場所に救急ヘリコプターを待機させるといっても、元来アメリカでは救急ヘリコプターに医師が乗らず、フライトナースやパラメディックだけで、メディカル・コントロールの下、医師に匹敵する救急治療を現場で行なうことができる。したがってナースやパラメディックがヘリコプターと一緒に待機するならば、その場所は必ずしも病院である必要はない。

 これらのヘリコプターは、エアメソッド社からチャーター契約によって提供して貰う仕組みである。そして2000年にはベイフライトの救急ヘリコプターは4機になった。待機の場所は病院の外ではあるが、医療スタッフは病院が出し、飛行料金の回収も病院が行なう。こうして救命センターの屋上は常にあけておき、周辺4ヵ所のヘリコプターが逐次、患者を搬送してくる。つまり病院の外に拠点を置きながら、システムとしては病院拠点と同じやり方で、しかも対象地域は広く拡大することができる。

2 病院拠点事業の外周で独立事業

 各ヘリコプター拠点の位置は、救命センターを中心にして東方タンパ郊外の病院(30km)、北方の診療所(55km)、北東のヘルナンド・カウンティ空港(90km)、南方サラソタ・ヘリポート(50km)である。ヘリコプターは、これらの拠点周辺で患者の救護にあたり、必要に応じて本拠地のベイフロント救命センターへ搬送してくる。

 逆に、これらの拠点がある地域の人びとからすれば、万一の場合に救命センターへ行こうとしても、大きなタンパ湾の向こう側なので非常に時間がかかる。ヘリコプターの機能がまさしく効果を挙げているのである。

 こうしたヘリコプター救急に対する地域の期待と要望は、実はこの4ヵ所の地域にとどまらなかった。その外側の地域からも、ヘリコプター救急を望む声がベイフロント救命センターへ寄せられるようになった。しかし、余り遠いところは、ヘリコプターといえども時間がかかり過ぎて救急の意味をなさない。

 そこでベイフライトは、ヘリコプターのチャーター先、エアメソッド社に対し、外側の周辺地域で別途、独自のヘリコプター救急をやる気はないかと相談した。エアメソッドはもともと、ヘリコプター救急に関してはアメリカ最大の企業であり、仕事の質も高い。ベイフロント病院が直接手を下さなくとも、高水準の救急医療が提供できるはずである。

 ということで、エアメソッドはベイフライトの要請に基づき、その外側周辺3ヵ所に拠点を設けてヘリコプターを送りこみ、「ライフネット」の名前で独自の救急事業に乗り出した。ヘリコプターやパイロットはもとより、医療スタッフも全てエアメソッドの社員である。ただし地域の救急本部から出動要請を受けたり運航管理をするのはベイフライトのコミュニケーション・センターがおこなうという協定が結ばれた。

 各拠点の位置は下表のとおりである。

        

呼称(コールサイン)

所在地

本部からの距離

本部

ベイフロント病院

聖ピータースブルグ

――

ベイフライト

ベイフライト1

ニューポート

55km

ベイフライト2

サラソタ

50km

ベイフライト3

タンパ

30km

ベイフライト4

ブルックスビル

90km

ライフネット

ライフネット5

バートウ

80km

ライフネット6

ワイルドウッド

140km

ライフネット7

オセオラ・カウンティ

135km

3 競争ではなくて協力

 こうしてフロリダ半島西側の広い地域で、ベイフライトとライフネットという2つのヘリコプター救急事業が互いに協力しながら行なわれるようになった。両者は担当地域を明確に分けて、相互に独立した形で仕事をする。けれども複数の出動要請が同時に出たようなときは相互に補完し合う。隣接地域から直ちにバックアップ機が飛んでくる仕組みである。

 これがうまくゆくのは、もともとベイフライトの病院拠点の運航もエアメソッドが担当していたからだった。つまりエアメソッドは、フロリダ半島西側の同じ地域で病院拠点事業と独立事業の両方をおこなうことになった。

 エアメソッドからすれば、どちらが有利とか不利といった考えはない。両方式を全く同じように、しかも地域を分けて、境界線を守りながら仕事を進めるだけである。それに病院拠点のヘリコプターが飛んでいるところへ、独立事業を持ちこんで競争を挑むような考えもない。

 競争ではなくて協力――これがベイフライトとライフネットの関係である。そのことによってバックアップ機の派遣など、経済的にも利点が得られる。そのうえ救急医療の効果が上がるという結果を得ている。


ベイフロント救命センターの近くに待機するベイフライトEC145

4 エアメソッドの発展

 エアメソッドの創立者、ロイ・モーガンは元もとパイロットである。小さいときから航空界にあこがれ、若いときはボーイング社に勤めながら、近所の小さな飛行場で燃料補給の手伝いをして資金をかせぎ、軽飛行機の操縦を習った。やがてジェネラル・ダイナミックス社に移って品質管理のマネジャーとなる一方、操縦訓練を続けて事業用のライセンスを取ると、1964年ユタ州ソルトレイク・シティのキー航空に移ってパイロットとなった。

 ここで5年ほど仕事をしている間に、モーガンの関心を引いたのが患者の搬送であった。ある夜、午前1時頃、電話があって患者搬送のためのチャーター飛行を依頼された。直ちに飛行場へゆき、副操縦士や整備士と共に機内の椅子を取り外し、患者を寝かせるための担架をのせた。その頃、病人の搬送に際して一緒に乗るのは医師や看護師、あるいは患者の家族などであった。

 ところが、そこへやってきたのは警察のパトカーに乗せられた病気の母親と赤ん坊だけで、医師や看護師はいない。やむをえず、赤ん坊は飛行中ずっと副操縦士が抱きつづけた。このときモーガンが気づいたのは、病人の搬送にあたって医療スタッフを外部に頼っていては充分な対応ができないということである。

 つまり、航空会社が救急搬送をしますといえば、顧客の方は医師や看護師もそろっていると考える。実際は、しかし、そうした準備ができていなかった。そこからモーガンは、医療機器を装備した飛行機やヘリコプターに医師や看護師が同乗するシステム――今の航空医療搬送の発想を得た。

 1980年、モーガンは何人かの共同出資者を得て、コロラド州デンバーにエアメソッド社を設立する。同社が最初に買い入れたのはベル206ジェットレンジャーである。5人乗りの小型単発タービン・ヘリコプターで、初めて患者を搬送したのは1980年8月30日であった。そして最初の1ヵ月間に早くも30人の病人を扱った。操縦桿をにぎったのは無論モーガン自身である。

 1995年には航空機内に装備する医療器具を開発するための製品事業部を発足させた。これでエアメソッドは航空医療事業に関して、製造、運航、治療の全てにわたるサービスを提供することとなった。

 設立から27年が経過して、エアメソッドは全米37州で217機を飛ばすようになった。最近は先の第1章に書いたようにCJシステムズを買収したので、同社の113機が加われば機体保有数は300機を超えるであろう。

 またエアメソッドは、創立以来60万人を超える患者を搬送した。世界最大の航空医療事業者となったロイ・モーガンは「われわれの最大の喜びは、今日も多くの人びとがヘリコプターで救助され、生きていることだ」と語っている。


AMTCの会場に展示されたエアメソッド機

5 ベイフライトに関する質疑

 以上のベイフライトの救急飛行について、整理の意味を含めて、次のような質疑応答をつけ加えておこう。 

○ ベイフライトの運航管理体制はどうなっているか
 ベイフロント救命救急センターにコミュニケーション・センターを置いている。ここで各地の救急本部からの出動要請を受けて、ヘリコプターや病院その他の関係機関との連絡調整をしながら、毎日24時間の運航管理をしている。対象となるヘリコプターはベイフライトの4機とライフネットの3機である。 

○ ライフネットとは何か
 ベイフライトの担当地域の外側3ヵ所に拠点をおいて、独立事業体としてヘリコプター救急事業を展開しているネットワークである。ベイフライトとは緊密な提携関係にある。実際は同じエアメソッドが運航しているので、相互にバックアップ機を提供するなど有機的な支援が可能である。 

○ ヘリコプターの出動要請は誰が出すのか
 ヘリコプターへの出動要請は病院、医師、警察その他の公的な機関から出てくる。それを受けた911(ナイン・ワンワン)救急本部がベイフライトなど最寄りの救急ヘリコプターに出動要請を出す。 

○ 飛行の可否を決めるのは誰か
 出動要請に対して、飛ぶか飛ばないかは機長が決める。この決断を運航管理者や医療クルーが変更することはできない。また、スタッフやクルーが話し合って決める場合、3人が飛ぶと言っても、1人がノーと言えば、その飛行は中止になる。安全の問題は多数決で決めることはできないし、1人でも疑問があれば実行しないという原則である。
 特に重要な問題は気象条件で、アメリカの場合は救急飛行といっても長距離を飛ぶことが多いので、途中で気象状態が変わることがある。このあたりの問題に注意して気象の予測をしなければならない。 

○ 飛行可能な気象条件とは、どんな状態をいうのか
 ベイフライトの最低気象条件は、FAAの条件よりもきびしい。つまりFAAの規則では飛行可能と判断できるような条件でも、ベイフライトでは飛ばないことがある。具体的には次表のとおりである。

   

視 程

雲 高

近距離飛行

昼間

2マイル

800フィート

夜間

3マイル

1000フィート

長距離飛行

昼間

2マイル

1000フィート

夜間

5マイル

1200フィート
[注]1マイル=1.609km、1フィート=0.3048m

 ○ 患者は、自分の好きな病院へ運んで貰えるか
 救急現場からヘリコプターで患者を搬送する場合、どの患者も州政府認定の外傷センターか脳卒中センターへ搬送する。これは州の法律に定められた規則である。また地域の病院から高度の治療が可能な3次救命センターへ病院間搬送をする場合は、送り出す側の病院や医師によって適切な病院を選定する。 

○ 患者の家族も救急ヘリコプターに同乗できるか
 残念ながら、できない。ベイフライトでは安全上の理由から、患者の家族は救急ヘリコプターに乗せていない。けれども、どこの医療施設に搬送するかを家族に伝えるので、家族はベイフライトの運航指令センターや搬送先の病院などと電話連絡を取りながら、患者が到着したかどうか、どんな容態にあるかなどを知ることができる。 

○ ヘリコプターの乗員構成は
 ヘリコプター乗員は3人。パイロット、フライトナース、フライトパラメディックである。これらの乗員は全員が救急飛行の特殊訓練を受けている。特に医療クルーは、もともと救急治療について経験のある人たちである。
 またベイフライトは、未熟児の救急搬送に関して特別チームを置いており、必要なときはその専門家チームが乗組んで飛行する。 

○ 運航経費はいくらくらいか。
 ヘリコプターの飛行経費は、飛行距離や飛行時間によって異なるが、およそ6,000〜9,000ドルである。 

○ その費用を誰が払うのか
 患者の加入している医療保険会社に請求書を提出する。しかし、もしも保険金が請求額に満たない場合は、直接患者に請求する。 

○ その費用を患者が払えなければどうなるのか。また患者が医療保険に入っていなくとも、救急してもらえるのか。
 ベイフライトは非営利団体である。患者の支払い能力や保険に加入しているか否かにかかわらず、救急飛行をおこなう。 

○ ベイフライトは他の地域の救急サービスもするのか
 直接の救急飛行はしないが、フロリダ州全域の航空医療関係者に対し、専門的な教育訓練を提供している。また地上の消防および救急隊員に対しても、ヘリコプターの着陸場所の設定方法、医療クルーとの共同作業の方法、航空機周辺の警備などの教育訓練を提供している。


せまい場所でも発着するライフネット機

(HEM-Net、2008.5.1)

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