<調査報告書9>

第2部 アメリカ篇

第2章 救急ヘリコプターの安全

 

1 危険な職業

 アメリカのヘリコプター救急は前章で見たように大きく拡大した。しかし余りに急激に拡大したせいで、さまざまな問題が出てきた。その一つが安全の問題で、経済面で競争が激化してあおりを受けたためか事故が多発し、ヘリコプター救急は人を救うどころか人の死を招くといった社会問題にまで発展したのである。

 2007年9月のAMTC総会でも、飛行の安全はさまざまな形で論じられた。総数169題の講演や研究発表の中で、安全に関する主題は15題を超えて、ほぼ1割を占めた。

 それというのも救急ヘリコプターの事故による死者が余りに多く、ジョンズ・ホプキンス医科大学の調査結果では「1983年から2005年4月までの救急ヘリコプターの事故を分析調査したところ、乗員の危険度は事故率から見て、米国で最も危険な職業になった。ごく普通の職業についている人の6倍も危険である。また鉱山で働く人の2倍に及び、戦場を飛ぶ戦闘機のパイロットと同じくらい危険」になったという。

 またCNNオンラインは2007年8月9日「アメリカで最も危険な職業」と題する政府の調査結果を掲載している。最悪は漁業で、従業員10万人当り141.7人の死者を出したが、第2位がパイロットの87.8人だった。以下、山林労働、建設用鉄鋼業、農牧畜業、送電線、屋根職人、トラックやタクシーなどの運転手とつづく。

 この調査結果に対して、シカゴ大学航空医療部門の責任者、アイラ・ブルーメン教授は、通常のパイロットよりもさらに死亡率の高いのが救急ヘリコプターのパイロットを含む乗員で、10万人あたり年間102人と計算した。それが、今回のAMTC総会の講演で発表された数字である。以下、同教授の安全を主題とする講演の概要をご紹介したい。

 

2 救急機の事故率

 ブルーメン先生の講演は「A Tale of Two Rotors....」という表題であった。チャールス・ディケンズの「A Tale of Two Cities (二都物語)」にちなむものだが、二つのローターとはヘリコプターの安全に関する二つの重要課題――過去および現状の正確な認識と将来への対策ということであろうか。話の内容は、ほぼそういうことであった。

 まずは過去について、米国事故調査委員会(NTSB)の20年ほど前の報告によれば、1980〜88年の救急ヘリコプターの事故は59件であった。飛行10万時間あたり12.34件の事故率で、これは普通のヘリコプター事故の2倍に近い。また死亡事故率は10万時間あたり5.4件で、通常の3.5倍に近い。このように救急ヘリコプターの事故率は他のヘリコプターにくらべて著しく高いのが実態である。

 つまり、救急機が急増する以前から、事故率は高かった。ということは、ヘリコプターの救急飛行それ自体に危険な要素が潜んでいることを示すものかもしれない。

 結果として1972年から2007年9月までの間に、下表のとおり、総計243件の事故が起った。このうち死亡事故は87件である。また、これらの事故に巻き込まれた人は総数728人で、そのうち229人が死亡した。

 こうした事故は、特に1998年から急増した。2007年までの10年足らずの間に126件の事故が起った。72年以来の35年間のうち、この10年間だけで52%を占める。10年間の死者は95人である。

 ただし、2007年は事故が減った。ブルーメン先生の講演は9月17日のことだが、その日までに「救急ヘリコプターの事故がなくなって168日間が過ぎた。これまでの最長無事故期間は1997年の228日で、その記録に近づきつつある。同じく死亡事故がなくなって281日になる。これまでは1996年の339日という記録が最長だが、それを超えるかもしれない」

事故件数

事故件数

事故件数

72-79

5

1989

9

1998

9

1980

3

90

1

99

10

81

4

91

8

2000

13

82

9

92

7

1

13

83

8

93

3

2

14

84

6

94

6

3

19

85

12

95

7

4

14

86

13

96

1

5

17

87

4

97

3

6

12

88

8

――

――

7

5

合 計

72

合 計

45

合 計

126

総              計

243

3 乗員と患者の危険度

 事故の原因はどうだったか。1998年以来の事故126件についてみると、78%がパイロット・エラーとされている。主な内容は気象の悪化と障害物への衝突である。エラー以外の原因は機材の故障が19%、その他、原因不明など4%だったという。

 このように、気象の悪化に伴う事故は非常に恐ろしい。天候が悪くなっても、先方で患者さんが待っていることを思うと、つい無理をして飛び続ける。その結果が死亡事故になり、54%にも達したという。全体では死亡事故率が31%だから、天候が悪化すると、死亡事故になりやすいということである。

死亡原因

10万人あたり死亡率

全原因、全年齢

848

心臓病

246

194

医療過誤

131-292

救急ヘリ乗員

102

脳卒中

57

全事故

36

交通事故

15

転落

5

毒物

5

救急ヘリ患者

0.65

 次いでブルーメン教授は、ヘリコプター救急に関係した従業員数について、さまざまな資料から、従業員10万人あたりの死亡者数を割り出した。その結果、1980〜2007年の28年間で患者の死亡を差し引くと188人のパイロットやフライトナース、パラメディックが死亡し、10万人あたりの死者は年間平均で217人、最近10年間では平均102人になった。

 実数は無論もっと少なく、最も多い2002年で13人だが、2006年は4人、07年は9月までゼロであった。それでも先のCNNオンラインの「危険な職業」のランクからすれば、ヘリコプター救急は職業として漁業に次いでアメリカで2番目に危険ということになる。

 さらにブルーメン教授は、これを病気を含む一般的な死亡率と比較してみせた。その結果は上表のとおりで、心臓疾患やガンよりは低いが、脳卒中より高いことになる。

 一方、救急ヘリコプターで救護される患者さんの危険度はどのくらいだろうか。ブルーメン教授は、これもさまざまな資料から、過去28年間にヘリコプターで救護された患者は最大430万人くらいだったと推定する。この間、救急ヘリコプターの事故に巻き込まれて死亡した患者は28人。したがって10万人あたりの死者は0.65人になる。

 ところが今アメリカで医療事故によって死亡する患者は、調査によって異なるが、年間44,000〜98,000人という。これはアメリカ医科学研究所が1999年に出した「To Err is Human(過つは人の常)」と題する調査報告書(参考文献)が患者の安全を高めるために発した警告値である。つまり医療事故による患者の死亡率は、ハイウェイ事故よりも乳ガンよりもエイズよりも高い。ブルーメン教授もこれを引用して、「500人乗りのジャンボ・ジェットが2〜4日に1機ずつ墜落事故を起こしているようなもの」と語った。

 そこで、ブルーメン教授の計算によると、年間44,000〜98,000人の患者死亡は、10万人あたり131〜292人に相当する。しかるに救急ヘリコプターによる患者の死亡率は、上述のように、10万人あたり0.65人だから、これは極めて小さいというのが結論である。

 

4 危険を避ける

 だからといって、安心してはならない。安全とは危険がないということではない。救急飛行が仮りに安全だとしても、危険と隣り合わせの任務であることは間違いない。したがって、わずかでも油断すれば、たちまち安全が損なわれる。

 では、如何にして危険を防ぐか。それにはCRMが役に立つ。CRMとは Crew Resource Management の略だが、ブルーメン先生は「むしろ Crew Risk Management という方が分かりやすい」と語った。確かにその通りで、特に日本人には Resource という言葉が分かりにくい。本来は資源を意味するのではないかと思うが、どうやら「まさかのときに支援してくれる人」とか「頼みの綱」といった意味もあるらしく、どうも分かりにくい。今や航空界では大手のエアラインから中小企業のヘリコプター会社まで、CRMという言葉を使わぬところはないが、その訓練にしても実践にしても、どこか隔靴掻痒の感を免れない。そこへゆくと、ブルーメン先生がいうように、同じCRMでもリスク・マネジメント、すなわち危機管理と言い換えるならば、喉のつかえが取れたような気がするのではないだろうか。

 そこでクルー・リスク・マネジメントの基本原理は「態度、参加、教育、判断」であると先生はいう。関係者の全員――実際に飛行する乗員はもとより、課長も部長も社長も、医師も看護師も、その他の病院関係者も、消防隊員も警察官も、誰もが柔軟な気持で、適切な態度で、積極的に仕事に参加し、自らの役割を果たし、教育と訓練を受け、経験を重ね、蓄えた知識を実務に応用し、全てを総合して判断を下す。それが安全の確保につながる。

 逆に「自分はよく分かっている」「自分には関係ない」「自分の意見の方が正しい」「断固としてやるぞ」といったひとりよがりの態度が危険を招く。しかも、いったん判断を間違えると、次から次へと連鎖的に間違いが生じ、ついに事故にぶつかる。あるいは、小さな疑問を黙ってやり過ごしただけで、大きな事故につながることもある。さらに不注意、すなわち「うっかりミス」も大事故を招くし、自信過剰や自己満足も危ない。

「自信と無知との違いは何か」と訊かれた男が「そんなこと知るもんか。俺には関係ない」と答えたが、これこそが自身過剰にほかならない、とブルーメン先生はいう。そしてさらに、危機を防ぐ、危機を避ける、危機を遠ざける、危機を克服するといった方法や装置について熱く語ったが、ここでは、その中からひとつだけ「危機を避ける」方法として、ヨーロッパでは原則として夜間の救急出動はしない。アメリカでは夜間の事故が48%を占めている。では、夜間の出動をやめれば事故は48%減るだろうかと問題を投げかけておいて、「待てよ、昼間の飛行をやめれば、事故は52%減ることになるね」といって、聴衆を笑わせた。

 この人びとの笑顔が、新たな事故のためにゆがむことのないよう願うばかりである。 

【参考文献】

 


カリフォルニア・ショック・トラウマ・センターのMD902
CALSTARはCalifornia Shock Trauma Air Rescue の略

(HEM-Net、2008.5.1)

トップページへ戻る