<調査報告書8>

第2部 アメリカ篇

第1章 アメリカの現状

 

1 救急拠点数の増加

 アメリカでは現在、どのくらいの救急ヘリコプターが飛んでいるだろうか。2007年9月のAMTC(Air Medical Transport Conference:航空医療搬送会議)で公表されたADAMS(Atlas and Database of Air Medical Services)データベースに過年度分を加えて整理すると次表のようになる。 

アメリカのヘリコプター救急拠点数

   

2007年

2006年

2005年

2004年

2003年

サービス数

267

270

272

256

243

拠点数

664

647

614

546

472

機体数

810

763

729

658

545

[注1]各年の数値は9月現在
[注2]上表の拠点数と機数はヘリコプターの数値のみ。ほかに固定翼機が2007年で拠点148ヵ所に282機存在する。
 

 上のADAMSデータに見るように、アメリカのヘリコプター救急は近年、急速に拡大した。2003年と2007年を比較するだけでも、わずか4年で拠点数は192ヵ所増の1.4倍、機数は265機増の1.5倍になっている。1999年は救急ヘリコプター数が435機だったというから、おそらく10年ほどの間にヘリコプター救急の事業規模はほぼ2倍になったものと思われる。

2 規模拡大の背景

 何故このような急拡大が起ったのか。アメリカ議会の調査機関GAO(Government Accountability Office)が2007年2月に公表した報告書 "AVIATION SAFETY" は、ヘリコプター救急事業が利益をあげる可能生をもつようになったからだろうと推測している。それも従来からの病院拠点の事業ではなく、病院とは無関係の独立的な事業が増えてきたのである。

 念のために、アメリカには大きく2種類のヘリコプター救急事業形態がある。ひとつは病院拠点の事業で、病院とヘリコプター会社との間にチャーター契約が結ばれ、ヘリコプター会社が航空機、パイロット、整備士を病院の屋上や敷地内に待機させ、出動要請に応じて飛行する。病院側はその費用を患者から回収し、月間固定費と飛行時間に応じた変動費をチャーター料としてヘリコプター会社に支払う。

 もうひとつは病院とは無関係の事業で、ヘリコプター会社や救急搬送会社が一定地域を対象として独自にヘリコプターの拠点を置き、その地域の救急本部の要請に応じて飛行する。病院が背景にないので、運航クルーばかりでなくフライトナースやパラメディックなどの医療クルーも企業自らが雇用する。また、救急費用も病院との間の固定的な契約があるわけではないので、自分で保険会社や患者に請求し回収しなければならない。そのため収入が保証されず、ときには回収不能が生じるなど、病院拠点の事業よりもリスクが大きい。

 しかし、リスクはあっても、それだけ利益も大きいとみなされるようになった。特に今から10年前の1997年8月5日「予算法」の改正によって、救急搬送の費用に対するメディケアの適用が認められた。メディケアは身体障害者と65歳以上の高齢者に対する連邦政府の健康保険制度だが、2002年頃からこれで支払われるヘリコプター救急事例が増えてきた。

 2002年以前は、メディケアが適用されるといっても、算出根拠が明確ではなかったため、同じヘリコプター救急でも支払われる金額は一定ではなかった。

 しかし2002年2月27日、メディケアおよびメディケイド・サービス・センターが出した基準によって航空医療への支払いが確実になった。そのうえ病院拠点のヘリコプター救急は、病院経由で請求と支払いがなされるが、その支払い金額は原価にもとづくものであったのに対し、独立事業の場合は、利益を含めて計算された飛行料金が直接支払われ、金額的にも増える結果となった。

 こうしたことから、従来は病院拠点のヘリコプター救急システムが主流だったのに対し、近年は病院とは無関係の独立サービス事業が増えるようになったのである。

3 独立事業の増加

 こうして近年、従来の私的な医療保険に加えて、公的なメディケアがヘリコプター救急に適用されるようになり、航空医療事業の収入がある程度確保され、しかも金額が増える環境が整った結果、独立事業の新たな参入が増え、競争も激化した。

 もとより救急という公的な事業なので、航空機があれば誰でもできるわけではない。基本的には連邦航空局(FAA)の事業免許をもった航空会社であり、さらに州ごとに航空医療プロバイダーとして事業免許を取らなければならない。また1年に1度、州政府の検査を受ける。この規則はほとんどの州で共通だが、中にはカウンティの許可が必要なところもある。

 たとえばテキサス州では州の健康サービス局が事業免許を出す。アリゾナ州でも健康サービス局が免許を出し、そのうえで毎年1回検査をおこない、航空医療プロバイダーとしての登録を更新する。またカリフォルニア州は航空に限らず、救急搬送のすべての許可権限を地方行政に委託しており、カウンティ当局が航空医療プロバイダーなどの事業免許を出すことになっている。

 それでも自由主義経済のアメリカとしては、行政当局が需給調整をするようなことはない。プロバイダーが多いからといって、あとは許可しないといった方策は取らず、資格や条件が規則に合っていれば、事業免許は交付される。

 たとえばテキサス州ダラス・フォトワース地区では、2006年なかばまではプログラム数がひとつだけであった。ところが今や、わずか1年間で8つに増えた。またアリゾナ州フェニックスのごときは、カナダ全体よりも多くの救急ヘリコプターが飛んでいるといわれるほどである。

4 及ばざるが如し

 このように救急機が増加すると、救急本部は選り取り見取りでヘリコプターに出動指令を出すようになる。これをアメリカ人は「ヘリコプター・ショッピング」と呼ぶらしいが、ある救急本部の担当地域に複数のヘリコプター救急プロバイダーがある場合、その中のどれを呼ぶか、別に決まったルールがあるわけではない。

 本来ならば救急現場に最も近い業者を呼ぶべきかもしれない。あるいは業者ごとに得意な治療科目があったり、質的な差異もあろう。ひょっとすると挨拶の多寡やつけ届けなども関係するかもしれない。救急機の中に医療機器のほかにちょっとしたギフト品が積んであって、現場の救急隊員に「次も宜しく」という意味でそれを渡すなどという話を聞いたこともある。

 さらには競争の結果、気象条件が悪くても無理をして出動するようにもなる。事実、救急本部からの出動要請に対して、初めの2社は気象条件の悪化を理由に断ったが、無理をして飛んだ3社目が事故を起こした例もある。

 さらに出動要請を受けていないのに飛び出すようなこともある。そうすると同じ現場に複数のヘリコプターが飛来して、患者の取り合いになる。夜間もしくは気象条件の良くないときは空中衝突の危険を招くかもしれない。

 このような状況から、最近「ヘリコプター救急は有難迷惑」という論文まで出るようになった。著者は米ジョージ・ワシントン大学の救急医学ブライアン・ブレゾー教授である。掲載されたのはワシントンにあるスミソニアン航空宇宙博物館の機関誌『エア・アンド・スペース』(2006年6月号)だから、権威ある出版物といってよい。

 この人は、しかし、外部の第三者的な立場から一方的にヘリコプター救急を非難しているわけではない。というのも、かつては自分自身がパラメディックとして救急ヘリコプターに乗っていた経験を持ち、今も医師として関係をもっている。論文の副題は「ヘリコプター救急はあなたの健康を損なうおそれがあります」というもので、救急ヘリコプターが増え過ぎた余り事故までが増えたことを嘆いているものだが、何事も「過ぎたるは……」ということになるのであろう。


カリフォルニア・ショック・トラウマ・センターのMD902
CALSTARはCalifornia Shock Trauma Air Rescue の略

5 業界再編の動き

 改めてふり返ると、アメリカの航空医療は朝鮮戦争やベトナム戦争で負傷兵を救護した経験から、国内でも軍や警察が試行的な事業を行ないつつ、1970年代初め極く小規模に始まった。当初は交通事故を対象とする現場救急が多かったが、最近は3分の1程度(33%)に減り、半分以上(54%)が病院間搬送となっている。残り13%が移植臓器の搬送、医薬品の急送、医師の移動などの飛行である。

 このようなヘリコプター救急業者は、アメリカの場合、2007年初めの時点で大手7社が全体の8割の運航をしていたという。彼らは時と場所に応じて、病院との契約にもとづく病院拠点の形を取ったり、空港やヘリポートに独自に拠点を置く独立事業の形態を取る。

 こうした大手企業同士の競争は、上述のとおり年を追って激しくなってきたが、折から今回AMTCの開催されていた会場では、最大手のエアメソッド社がCJシステムズ社を買収するというニュースが流れた。買収条件は10月1日付けで株式100%を、およそ2,500万ドル(約28億円)で買い取るという。これで同社は、全米ヘリコプター救急市場の42%を占めることになるらしい。この占有率が拠点数か機数か、計算根拠は聞かなかったが、膨張しすぎた業界が再編へ向かって動きだしたことは間違いないであろう。

(HEM-Net、2008.4.10)

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