<調査報告書7>

第5章 フランスのヘリコプター救急

 

1 SAMUとSMUR

 フランスの救急業務はSAMUとSMURの2種類の組織によって行なわれている。SAMU(医療救急機関)はほぼ各県にひとつの割合で全国105ヵ所にあり、住民からの救急電話15番を受けて、病院を含む救急機関の間の調整と出動指令を出す。SMUR(救急機動隊)は、その指令にもとづいて出動し、現場で救急業務を遂行する。各SAMUの下に数ヵ所ずつ組織され、全国で360ヵ所ほど設置されている。

 組織の構成は、病院を拠点とするSAMUが医師を中心に、電話や無線の通信連絡担当者が待機し、関係機関との調整や患者への医療上の助言にあたる。SMURは、医師、看護師、救急士などの医療チームから成り、救急車やドクターカーに乗って現場へ出動し、実際の治療にあたる。

 救急ヘリコプターは、SAMUに配備されている。ただし全てのSAMUにあるわけではなく、われわれがパリSAMUを訪ねた2007年6月の時点では38のSAMUが保有するとのことであった。もっともヘリコプターのないSAMUも、近隣のヘリコプター保有のSAMUと協定し、必要に応じて応援を受けている。さらに軍警察(Gendarmarie)や内務省市民安全局(Securite Civiles)の支援を受け、そのヘリコプターを使うことも多い。

2 ヘリコプター救急の始まり

 フランスのヘリコプター救急は1983年、パリ周辺のイル・ド・フランス地域で試行的運用がはじまった。これが本格化して全国に広がった結果、10年余り後の1994年には36ヵ所の拠点に救急ヘリコプターが配備されるまでになった。この拡大ペースは驚くほど早い。ただし今もほとんど増えていないから、すぐに頭打ちとなったのであろう。なお、36ヵ所のうち24ヵ所は年間を通じて配備され、残り12ヵ所は季節的なものである。

 この94年の時点で、出動飛行回数は12,680件。うち4,490件が1次救急、8,290件が2次救急であった。ただし、出動件数の62%はSAMUの救急専用機、30%は市民安全局、8%は軍警察のヘリコプターによる飛行である。

3 ラファン博士のレクチャー

 われわれはパリ市内のネッカー病院(Hopital Necker)に、SAMU de Paris のエルヴェ・ラファン博士(Docteur Herve Raffin)を訪ねた。この先生は1年ほど前来日し、日本のドクターヘリの状況を知りたいといって筆者にインタビューを申し込んできた人である。したがって今回は逆にフランスの状況をパリで聴くことになる。そのレクチャーの概要は以下のようなことであった。


ラファン先生のレクチャー

 フランスではSAMUの38ヵ所の拠点にヘリコプターが配備されている。うち5ヵ所は季節的なもので、夏のバカンス時に南フランスに配備される。

 ヘリコプターの出動件数は年間およそ20,000件程度。うち13,000件がSAMUの救急専用ヘリコプターによるものであった。残りは市民安全局や軍警察の機体である。ただし、これらは病院に待機しているわけではなく、ほかの任務も持っている。

 SAMUのコストは社会保障費によって、病院経由で支払われる。すなわち国の税金である。ところによっては地方自治体から支払われるところもあるが、財政不安定におちいりやすく、余り望ましいものとは考えていない。医療保険はまったく使われない。

 フランスのヘリコプター救急は医療の一部と考えられている。医療費は国民の所得から取られる税金によってまかなわれる。したがって、ヘリコプター救急のための財源確保のために特別な措置を講ずる必要はない。ヘリコプター救急は病気や事故に対応するための医療の一部である。

 救急ヘリコプターの出動任務は大きく分けて、1次救急と2次救急に分けられる。1次救急は心臓マヒや脳卒中などの急病人や大きな事故の現場に医療チームを派遣することである。そこで初期治療をしたのち、患者をヘリコプターに乗せて病院へ送りこむ。このような生命身体の救護は、フランスでは如何なる場合も無償である。その費用は社会全体によってまかなわれるべきものと考えられている。

 2次救急は患者の病院間搬送である。特殊な治療、高度な治療が必要になった患者を、その治療が可能な病院へ送りこむ。この飛行に要する費用もまた医療の一部であって、社会全体で支援すべきものと考えられている。


SAMUパリ本部の救急電話受付と出動指令室
医師が指揮を執る

4 フランス航空医療学会報告書

4−1 報告書の概要

 上のラファン先生から、レクチャーと同時にフランス救急ヘリコプター学会(AFHSH : Association Francaise des Helicopteres Sanitaires Hospitaliers)のインターネット・サイトを教えられた。この学会は1994年SAMUの医師20人が中心となって発足、フランスのヘリコプター救急の拡充と活性化を求めて、厚生省や運輸省に働きかけを続けている団体である。

 同学会としては、現状38ヵ所、通年33ヵ所という拠点数は、矢張り充分ではないと考えているのであろう。日本の面積に当てはめるならば22〜25ヵ所に相当し、ドクターヘリの現在数から見れば2倍程度の密度だが、決して多くはない。

 そこでロビー活動の材料にするためか、2006年に実態調査をした結果が、同学会のホームページに掲載されている。このフランス語の報告書(128頁)を読むにあたっては、ユーロコプター社日本代表部の三野(みの)まゆみさんのご協力をいただいた。その結果は以下のとおりである。

 SAMUは、上述のとおり全国100ヵ所以上に存在するが、AFHSHに加盟しているのは、2006年の調査の時点で48ヵ所だった。そのうち何ヵ所がヘリコプターを使っていたのか、報告書でははっきりしない。ともかく下図の41機に関するデータが、それらを利用したSAMUのアンケート調査によって集まったという。 


フランスのヘリコプター配備図

 この41機のうち、SAMUの救急専用ヘリコプターは27機。あとの2機は軍警察、12機は市民安全局の機体である。これらのヘリコプターによる出動件数は、アンケート調査から得られたところでは9,480件であった。この中にはパリを含むイル・ド・フランス地域が含まれていない。といったことから、フランス救急ヘリコプターの全てを網羅するものではないが、およその動向を知ることはできよう。

4−2 報告書の要点

(1)出動実積
 2006年は、アンケートに応じたSAMUの飛行実績が9,480件であった。うち84%は病院拠点のSAMU救急ヘリコプターによるもの。残りの4%は軍警察、11%は市民安全局、1%は軍隊または国境付近の地域でスイスやドイツなど外国ヘリコプターの協力を得たもの。ただし市民安全局の数値は集計の終わっていないところもあるので、後日さらに増える可能性があるという。

(2)使用機種
 フランスのヘリコプター救急に使われている機材は、73%がユーロコプター機である。そのうち37%がEC135、13%がEC145(市民安全局、軍警察)、11%がドーファン、次の11%がエキュレーユである。そして24%がアグスタA109、3%がMD900、1%がアルーエトV単発機。

(3)飛行の種類
 38%が1次救急、62%が2次救急。1次救急の4分の3は患者を出発病院へ連れてくる、4分の1は他所の病院へ送りこむものである。なお、SAMUによっては1次救急のみ、または2次救急のみのところがあって、必ずしも全てのSAMUが1次と2次の両方の救急飛行をしているわけではない。

 原則として、軍警察は2次救急をしない。また市民安全局のヘリコプターも1次救急のみで、ストラスブール、ボルドーなど、ごく一部の拠点で2次救急をするだけである。

(4)飛行時間
 9,480件の出動に要した飛行時間は総計7,190時間であった。1件あたり平均46分である。また、これらの任務遂行にかかった拘束時間――すなわちヘリコプターの出発から帰着までは総計16,224時間であった。1件あたり平均1時間42分になる。

 なお飛行時間の28%は1次救急、72%は2次救急であった。1次救急の拘束時間は1時間29分、そのうちの飛行時間は34分である。すなわち現場救急のためには片道15〜17分くらいの範囲で出動したことになる。

 また2次救急の任務遂行に要した時間は1時間50分。うち飛行時間は53分だった。

 以上により、SAMU全体の傾向としては、任務遂行に要した拘束時間の4割くらいが飛行時間ということになる。

(5)出動時間帯
 出動の時間帯は92.3%が昼間、7.7%は夜間である。昼間のうち5%は薄暮。ただし夜間飛行は全く行なわないところもあるし、逆に多いところは20%にもなっている。計器飛行はしていない。

(6)飛行任務の内容
 80%はSMURとの連携任務。

 2%は捜索救難(SAR)で、75件は海と山の遭難者をホイストで吊上げ救助したもの。

(7)病院間搬送
 SAMUの出動要請は、90%が緊急事態であった。したがって、この中には病院間搬送も多く含まれていることになる。ということは従来、病院間搬送は2次救急といっても実態は緊急事態ではないといわれてきた。しかし実際は2次搬送もまた緊急を要する救急飛行とみなすべきである。

(8)SMURの協力
 ヘリコプターはほとんど常にSMURと協力しながら活動している。ヘリコプターが飛んだからといって、SMURや救急車が出動しなくてよいわけではない。実際に、出動の約60%はヘリコプターが直接現場に着陸できなかったため、地上の救急車、すなわちSMURの支援を必要とした。

(9)出動要因
 1次救急と2次救急では当然のことながら、出動要因が異なる。1次救急の38%は外傷である。23%は心臓疾患、10%は神経外科であった。2次救急は心臓疾患が最多の29%である。これをもってしても、2次救急が緊急事態ではないといった見方が間違っていることを示している。

(10)ヘリコプター事故
 救急ヘリコプターの事故はほとんど起っていない。機体の故障による事故は、わずかに0.62%であった。

(11)着陸場所
 救命救急センターがヘリコプターを受け入れるには、着陸場所が整備されていなければならない。その実態を調べるために、フランス全土の救命救急センター746病院にアンケート調査票を送ったところ、652病院から回答を得られた。それによると、336病院が航空局承認の着陸場所を有する。そのうち146病院は正規のヘリポートで、あとの190病院は広場や公園などを利用している。

 これらの着陸場所のうち、この1年間に10回以上使われたところは160ヵ所であった。


未熟児の救急搬送に使うインキュベーター

4−3 AFHSH報告書のまとめ

 以上に見てきたAFHSH報告書2006年版の数値をまとめると、次表のようになる。

項    目

数 値

ヘリコプターの所属と出動件数の割合

SAMU

84%

軍警察

4%

市民安全局

11%

その他

1%

飛行

件数

9,480件

時間

7,190時間

任務遂行時間

16,224時間

出動目的

1次救急

38%

2次救急

62%

平均飛行時間

1次救急

34分

2次救急

53分

夜間飛行

7.70%

 上表は先にお断りしたとおり、48ヵ所のSAMUによる41機のヘリコプターに関するデータで、フランス全体の完全なものではない。

 しかし2007年初めにはAFHSHの加盟会員も57ヵ所のSAMUに増えたので、次はもう少し全体像に近い調査ができるであろう。結果は2008年3月に発表する予定という。その報告書も入手できれば機会を見てご紹介したい。

 なおASHSHのホームページ・サイトはhttp://www.afhsh.org/Index.phpである。 


SAMU本部のネッカー病院入り口付近で待機するドクタカーと移動治療室

(HEM-Net、2008.3.26)

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