
1 航空医療のはじまり 1970年ドイツのミュンヘンで始まったヘリコプター救急は、ドイツ国内ばかりでなく、欧州はもとより世界中に大きな影響を及ぼした。たとえばアメリカ初の病院拠点のヘリコプター救急も、1972年に始まったが、当時は「ミュンヘン・モデル」に近いものだった。同様にヨーロッパ諸国が次々とドイツにならって、ヘリコプター救急に乗り出した。オーストリアでも救急ヘリコプターが飛ぶようになる。しかし最初は散発的で、ドイツのような体系的、組織的、日常的なものではなかった。
それより前、オーストリアでは昔からアルプスの遭難が多く、犠牲者も多かった。このとき遭難者を高い山の氷河から助け出すのに使われたのは固定翼機(飛行機)で、ヘリコプターではなかった。古いところでは1942年、小型飛行機がチロル地方の氷河に着陸して遭難者を搬出した記録が残っている。そして1956年オーストリア内務省が山岳遭難者の救出のためにパイパー軽飛行機を使い始めた。
1963年にはチロル地方のインスブルク航空が航空事業免許を得て遭難救助飛行に乗り出す。単発軽飛行機にそりを付けて雪の上に着陸、雪山の遭難者を救出してインスブルク大学病院へ搬送した。
しかし1956年からは、ヘリコプターも救助作業に使われるようになり、その後10年間で1,000件以上の救助飛行をした。もっとも、これは人命救助ではあったが、医療といえるようなものではなかった。費用負担の問題もあいまいなまま残された。
ヘリコプターが医療の一部として救急業務に使われるようになったのは1971年、インスブルク大学である。大学病院では特定の医師を搭乗要員として指名し、待機させることにした。しかし使用するヘリコプターは依然として内務省のヘリコプターだったため、他の任務についているときは使えず、また同じ場所に待機しているわけではなかったので、いちいちピックアップにきて貰わねばならず、救急任務としては時間のかかるところが難点であった。
2 救急ヘリコプターの登場 オーストリアの救急専用ヘリコプターが医師と一緒に待機するようになったのは1983年のことである。このとき上記インスブルク航空はチロリアン定期航空の傘下に入り、チロリアン・エア・アンビュランスと改称、飛行機に加えてヘリコプターも使うようになった。その費用はオーストリア自動車クラブOEAMTCが負担したが、これもドイツのADACにならったものである。
この救急ヘリコプター1号機はインスブルクに拠点を置き、「クリストフォラス1」と呼ばれた。同じ1983年、オーストリア国防軍や内務省も救急ヘリコプターの運用を本格化して、わずか2年後の85年には早くも全国14ヵ所に救急ヘリコプターが配備されるようになった。14ヵ所のうち内務省は7ヵ所、チロリアンは6ヵ所、国防軍は1ヵ所である。
チロリアン・エア・アンビュランスはその後も発展を続け、1991年には長距離患者搬送のためのセスナ・サイテーションV双発ジェットを導入、1997年ジェット旅客機を救急用に改造したドルニエ328JETを追加した。さらにヘリコプターによる救急業務も拡大し、OEAMTCと協力して「クリストフォラス・ネットワーク」をつくり上げた。
このネットワークは1995年、チロリアン航空から完全にOEAMTCへ譲渡され、自動車クラブの一部門として救急救助活動をするようになる。これが今のNPO法人「OEAMTCクリストフォラス救急救助航空部」で、黄色い塗装をしたヘリコプター「イェローエンジェル」をもって山岳遭難ばかりでなく、交通事故や急病など通常の救急活動もおこなうようになった。そして2001年、それまで内務省が担当してきた8ヵ所のヘリコプター救急も全て引き継いだ。これでOEAMTCの救急拠点は11ヵ所になる。
3 OEAMTC救急救助航空部 われわれはウィーンで、このOEAMTC本部を訪ね、航空部門の技術担当役員、ウォルフガング・バーガー氏からオーストリアの航空医療に関するレクチャーを受け、ウィーン郊外の運航および整備の拠点へ案内された。
OEAMTCはドイツのADACにも似た自動車クラブである。自動車を運転する人びとを支援し、利便性と安全性を高めるのが目的である。OEAMTCには約150台の車があって、会員の車が路上で動けなくなったときは直ちに駆けつける体制を取っている。さらに万一の場合はヘリコプターで救助に向かうのが当然の義務と考えている。このことはOEAMTCの社会的な評価を高めることにもなるし、逆にヨーロッパ各国の自動車クラブを見ても、ヘリコプター救急をしていないところは会員が減っているという。
OEAMTCのヘリコプター救急の基本原理は次の通りである。
- 出動要請から3分以内に離陸し、15分以内に救急現場へ医師を送りこむ
- 患者の容態を現場で安定させる
- 患者の容態に適した病院へ搬送する
- 活動時間は午前6時から日没まで
- 患者の費用負担はない(ただし山岳救助は有償)
こうした救急救助活動のため、OEAMTCは国内各地にヘリコプターを配備しているが、その拠点は図1の通り、現在16ヵ所である。しかし冬季には6ヵ所増えて、22ヵ所になる。またウィーン近郊に病院間搬送を目的とするヘリコプター1機が配備されているので、OEAMTCの配備機数は最大23機になる。この病院間搬送は24時間待機で、夜間飛行も行なう。
図1 OEAMTCのヘリコプター救急拠点なおオーストリア全体ではOEAMTCのほかに、いくつかのヘリコプター会社が救急機を配備しており、ヘリコプター救急拠点は図2の通り全国35ヵ所になる。日本の国土面積に当てはめるならば157ヵ所に相当する密度である。
図2 オーストリアのヘリコプター救急拠点
4 パイロットの資質 上述のようにOEAMTCは最大23ヵ所の拠点にヘリコプターを配備しているが、そのための予備機を合わせると保有機の総数は28機になる。機種は全てユーロコプターEC135である。この双発タービン・ヘリコプターは欧州共通の航空規則JAR OPS3 の規定に適合するばかりでなく、最新の航空技術を採り入れたものである。機内は患者1人分のストレッチャーと4人のクルーが搭乗できる。エンジンが大きく、振動が少なく、騒音が小さく、安全性の高いヘリコプターである。
救急ヘリコプターは最新の医療装備をしている。その中には心臓および血圧モニター、除細動器、人工呼吸器、ペースメーカー、輸液ポンプ、吸引ポンプ、その他さまざまな医療器具が含まれる。ほかに早生児搬送のためには、特殊な搬送用インキュベーターを基地に準備している。
これらのヘリコプターに対して、OEAMTCには現在50人のパイロットが在籍する。またヘリコプターの整備のために「ヘリエア」(HELIAIR)と呼ぶ子会社をもち、そこに30人の従業員(うち有資格整備士は17人)が働いている。ここでは機体改修や無線機器の整備もしている。
パイロットはほぼ半数がオーストリア空軍出身、4分の1が警察航空隊、残り4分の1が民間からきている。その雇用に際しては、次のような最低条件を定めている。
- 機長としての飛行経験2000時間以上
- 高温・高地での飛行経験をもつ(特に山岳地での飛行経験2年以上)
- カーゴスリングと吊上げウィンチの作業経験2年以上
- 計器飛行資格の保有
パイロットは、入社すると先ずEC135について30時間以上の慣熟飛行訓練をおこなう。如何に経験の多い優秀なパイロットでも、直ちに新たな機種で新たな飛行任務につくことはできない。つまり機種と業務の両方に慣れる必要があるわけで、この点をおろそかにすると事故を招くことになる。
なお、それ以前の基本的な要件として、パイロットの資質も問題になる。OEAMTCは次のような性格の人物が望ましいとしている。
「チームプレイができて、外向的で、自信を持ち、勇気はあるが独断的、攻撃的ではなく、自らの技能水準を高めるために喜んで訓練を受け、待機中の時間をもてあますことなくうまく使えるような人」
待機の時間は日の出から日の入りまでだが、簡単な任務ならば日の入り後も飛ぶことがある。夜間飛行には夜間暗視ゴーグル(NVG)を使う。
5 救急救助作業 救急ヘリコプターには通常、パイロット、医師、パラメディックが乗組むが、アルプス山岳地の遭難救助に際しては山岳救助隊員も同乗する。ヘリコプターが出動するのは原則として、夜明けから日没までである。
ヘリコプターへの出動要請は救急本部から発せられる。救急本部は主として赤十字が運営しており、その要請を受けたヘリコプターは3分以内に離陸する。
救急飛行はウィーン市内など、大都市でもおこなう。市街地は高い建物が林立するので風向きが変りやすく、電線が錯綜し、建築工事用のクレーンが立っている。路上には飛散物が多く、歩行者や車が行き交う。こうした困難の中へ、ヘリコプターはそれでも着陸進入してゆかねばならない。
一方、アルプス山岳地での救助活動も重要な任務である。そのため、ヘリコプターに搭乗する医師は特別な訓練を受ける。その他の乗員も含めて、彼らは毎年アルプス山中で特殊な救助訓練を受けなければならない。この訓練によって救助の技術を学ぶばかりでなく、体調や気力もチェックされる。
アルプスの救助作業は、登山やスキーをしていて深い谷底や高い絶壁で緊急事態に陥った遭難者を救出する作業だが、きわめて高度の技量を必要とする。けわしい山岳地で、ヘリコプターが遭難者のそばに着陸できるときはいい。けれども、着陸できないときはカーゴフックを利用して吊上げる。カーゴフックは機体下面にあって、通常は物資の吊下げ輸送に使用する鈎である。
これをOEAMTCは安全のために2ヵ所に増やして「ダブル・フック」とし、合わせて2本のワイヤで救助隊員を吊る。ワイヤの長さは最大140〜150mにも達するというから、東京タワーの大展望台(高さ150m)から地上を見るようなものである。パイロットと救助隊員との間は無線がつながっていて、相互に連絡を取りながら遭難者に接近する。カーゴフックの容量は最大1トン余だが、OEAMTCでは遭難者を含めて最大4人まで吊上げる。
6 出動実積 OEAMTCは2006年、16,414件の出動をした。そのうち1次救急は79%、2次が11%、途中キャンセルが10%であった。出動要請から現場着陸までの所要時間は平均13分である。この中にはウィーンに拠点を持つ病院間搬送専用機の494件と、ドイツなどの国外協力機による1,144件が含まれる。これらを除くと、オーストリア国内16拠点からの年間出動件数は14,776件となり、1ヵ所平均923.5件になる。
このうち出動件数の最も多い拠点はウィーンで1,727件、次はウィーンの西方クレムスの1,666件であった。
なお2005年は、出動総計16,342件。このうち病院間専用機の612件と外国協力の1,041件を除くと、国内16拠点から14,689件。山岳遭難などのカーゴ・フックによる救助は521件であった。また救護患者の3割は外国人で、彼らは旅行傷害保険で支払ってくれた。外国人の出身国は50ヵ国以上と多彩である。
7 運航費の負担 OEAMTCのヘリコプター救急費は年間およそ2,700万ユーロ(約43億円)。これに対する支払いは次のような財源から出ている。
- 社会保険(社会保障制度)による支払いが全体の40%余
- 山岳遭難に伴う被救助者の直接支払い(登山保険を含む)が全体の約30%
- 地域社会からの拠出金や寄付が毎年およそ500万ユーロ
- 残りの不足額はOEAMTC自動車クラブの会費から補填(毎年およそ110万ユーロ。OEAMTCの会員数は120万人だから、1人あたり0.9ユーロに相当する)
なお、オーストリア国民は95%が健康保険に加入している。
ウィーン上空
8 ヘリコプター救急は不可欠 OEAMTCのバーガー技術担当役員は、以上のようなレクチャーをしながら、ヘリコプター救急の意義について次のように語った。
「交通事故のけが人、急病人、そして山岳遭難者に対して、救急ヘリコプターは果敢に出動し、いち早く治療を開始する。この活動によって、毎年何千もの人びとが命を救われ、何万もの人びとが長期の入院を免れる。ということは、ヘリコプター救急は患者の健康ばかりでなく、オーストリア社会の経済的な健康にも貢献していることになる」
「特にアルプス山岳地の、救急車が走ることもできないような地域では、遭難者ばかりでなく、急病人に対しても有効な医療を提供している。すなわちヘリコプター救急は医療面はもとより、地勢的にも社会的にも、オーストリアの救急システムにとって不可欠の要素にほかならない」と。
![]()
(HEM-Net、2008.3.24)