<調査報告書3>

第1部 欧州3ヵ国

第1章 イタリアのヘリコプター救急

 

1 イタリア一般

 イタリアは周知のとおり、ヨーロッパ南部にあって、長靴のような形で地中海に突き出し、南北の延長は1,290kmほどになる。緯度にすれば日本の仙台から稚内北方に至る範囲に相当する。長靴の周辺には多くの島があり、最も大きいのはサルディニア島とシシリー島である。また大陸側ではフランス、スイス、オーストリア、スロバニアと国境を接し、北部にはアルプス山岳地帯が横たわる。

 イタリアは共和国(Repubblica Italiana)である。元首としての大統領と行政機関の長としての首相が存在する。共和国は20の州から成り、103の県に分かれ、さらに8,100余のコムーネ(市町村)に細分される。国土面積は301千平方キロで、日本の丁度8割に相当するので、県やコムーネの細分ぶりが想像される。人口は5,888万人で日本の半分以下。人口密度は日本の6割弱である。

 イタリアが政治的に統一されたのは1861年――明治維新の少し前のことである。それまではさまざまな王国、公国、共和国、教皇領、さらにはフランス衛星国などに分断されていた。

 教皇領を除く統一によって誕生したのはイタリア王国で、その最終段階は1921年国王から組閣を命じられたムッソリーニの独裁政権下にあった。しかし1943年第2次世界大戦が勃発、戦況が悪化してムッソリーニが失脚すると、国政混乱のまま敗戦となり、1946年王制が廃止された。そして1948年、今のイタリア共和国として再発足する。

 共和国は州制度を導入した。といっても初めは州の権限がきわめて小さく抑えられた。しかし1972年になると限定された範囲で州の立法権が認められ、1975年には完全に権限の移譲がなされた。

 かくして現在、州、県、コムーネの3層の自治体ができ上がった。このうち保健衛生や救急サービスに関しては、州が権限をもって実務を取り扱っている。

 

2 救急制度のはじまり

 イタリアの救急制度は王国の時代、イタリア陸軍赤十字部隊が任務を賦与され、緊急災害に対応することになった。この赤十字部隊は戦争省によって1866年に設置されたもので、戦場における負傷兵の救護が基本的な目的であった。

 以来、国体の変化と共に救急制度にもさまざまな変遷があり、1961年の時点では消防、イタリア赤十字、民間奉仕団体などによって救急活動がおこなわれていた。ただし、これらの救急機関には医師は含まれていない。また大災害が発生したときは軍も対応することになっていた。

 イタリアで初めて救急専用のヘリコプターが使われるようになったのは1983年ヴァレ・ダオスタ州である。この州はスイスやフランスとの国境に接するイタリア北西部のアルプス山岳地にあって、モンブラン(4,810m)、モンテローサ(4,634m)、セルビノ(4,478m)などの最高峯が存在する。ウィンタースポーツも盛んだが、明らかに救急車だけで対応することはできない地勢である。

 しかも、イタリアは火山の多い山岳国であり、北方のアルプスに加えて、アペニン山脈が背骨のように半島を縦断している。また周囲には離島も多い。こうした地勢では当然のことながら、救急車だけで十分な救急任務を果たすことはできない。そこにヘリコプター救急の潜在的な需要がひそんでいたといえよう。

 今につながる新しい救急制度がはじまったのは1992年である。政府が法律を制定して、各州に救急システムをつくるよう指示した。これにより特別な救急救護訓練を受けた要員が救急業務を行なうこととなり、全国20州(region)に104の救急本部、もしくは第2章でいうオペレーション・センターが設置された。各救急本部には救急隊員と救急車が配備され、担当地域の現場救急と病院間搬送に当るようになる。

 さらに、新しい救急制度は治療開始までの時間について都市部で8分、田舎で20分以内という目標を掲げた。そこからヘリコプター救急への指向が全国的に高まった。

 1996年イタリア政府のガイドラインが改正され、118番の電話を受ける救急本部の設置費用と運営は全て州にまかされることとなった。救急患者の搬送費も州政府が負担し、患者は負担しないでいいことになる。また救急患者の病院間搬送についても無償となった。ただし、各ヘリコプター救急事業体は必ずしも充分な報酬を受けているわけではない。それを補うために連邦政府もいくらか負担し、それによって各州の体制がばらばらにならぬよう、全国的な基準に合致するような形で維持されている。医師やヘリコプター関係者の中には医療保健を適用すべきだという論議もあるが、実現はしていない。

 救急本部の任務は単に118番の電話を受けて、救急車やヘリコプターに出動指令を出すだけではない。警察や医療機関との綿密な連絡調整も重要な役割であることが定められた。こうした業務のために救急本部員は国の定める基準にもとづいて訓練を受け、資格を取った者でなければならない。

3 ヘリコプター救急システム

 イタリアのヘリコプター救急は、1990年代はまだ試行的ともいうべき段階であった。州や地域ごとに、それぞれが各地の実情に応じてヘリコプターの運用をしていた。それが全国的に同じようなかたちに整理されたのは1999年である。

 ヘリコプターによる救急拠点は下図の通り、現在イタリア全土48ヵ所に存在する。そのうち26ヵ所は救急ばかりでなく、捜索救難業務(SAR)にも当っている。SAR拠点は特に山岳地のけわしい地形のところが多く、遭難救助に際しては山岳救助の専門家もヘリコプターに同乗する。一方、22ヵ所の拠点は地形の平坦な地域である。また4ヵ所は夏季だけの運用、12ヵ所は空港待機である。さらに8ヵ所は夜間も含めて24時間サービスをしている。

 全国48ヵ所のヘリコプターに出動要請を出すのは、104ヵ所の救急本部である。そこにはメディカル・ディレクターが常駐する。また、これらの救急本部は医療機関との連動はもとより、警察や危機管理組織との協力体制を保持している。

 救急本部に勤務する職員は、現場に出動する救急隊員など、国家資格を有する。現場救急にあたるのは医師、看護師、救急救命士である。

 救急ヘリコプターは全て双発ヘリコプターで、機内には救急装備がほどこされている。これらのヘリコプターは殆どが民間ヘリコプター会社の競争入札によって選定された企業からチャーターしたものである。入札の判定は、まず経済的な観点を第一とし、次いで経験、技能、安全などを勘案して決める。なお、ジェノアを含む拠点3ヵ所では消防ヘリコプターが使われている。

 こうして採用されたヘリコプターは州ごとの救急システムに組みこまれ、複数の救急本部からの出動要請に応じて、その役割を果たすこととなる。

4 ヘリコプターと乗員

 イタリアのヘリコプター救急に使われている機種は、2005年現在で下表のとおりである。 

ヘリコプター機種

拠点数(常駐機)

バックアップ機

A109

16

10

BK117

14

17

AB412

9

16

SA365N

3

1

EC135

3

――

AW139

2

――

合    計

47

44

 さすがにイタリア製の機体が多く、アグスタA109が16機、アグスタ社が米ベル社のライセンスで生産したAB412が9機、さらに最新のAW139が2機である。

 次いで欧州製のユーロコプターBK117が14機飛んでいる。そしてSA365Nドーファンと新しいEC135が3機ずつ。

 山岳地帯の拠点に多いのはAW139、AB412、BK117である。遭難救助にも当るためで、救助用の吊上げホイストをつけている。これらのホイストは医療スタッフの吊り降ろしや吊上げにも使用する。しかしまた小型とみなされるA109の中にもホイストを装備して、医師の吊りおろしをしている機体がある。

 救急ヘリコプターの乗員はパイロット1〜2名、ドクター(通常は麻酔医や集中治療医)1名、ナース1〜2名から成る。このうち医療スタッフは、通常は病院に勤務しているが、期間を限って交替で搭乗勤務に就く。その資格は、プレホスピタル・トラウマ・ケアを含む高度の蘇生医術の訓練を受けたものでなければならない。ナースも2年以上の救急経験を持つ。そのうえヘリコプター搭乗のための特別訓練を受け、飛行中も各方面への無線連絡に当たる。医療スタッフとパイロットは全員が携帯用の無線機と電話器を持ち、誰でもどこでも交信することができる。

 なお、山岳遭難者の救護に向かうときは、山岳救助の専門家が同乗する。さらに雪崩捜索のためには犬もヘリコプターに乗せてゆく。

 患者搬送用のストレッチャーは通常1人分。ただし同時に2人の搬送が必要になることもある。事故現場への航法はGPSを使用する。ヘリコプターが現場に着陸すると、ドクターとナースが救急治療に当たる。その間、ヘリコプターはエンジンを止め、パイロットはヘリコプターの周囲を警備したり、必要に応じて医療スタッフの手助けをする。そして応急手当の結果、患者の容態が安定したところでヘリコプターに乗せ、離陸する。

 救急ヘリコプターの出動件数は、ローマに近いラツィオ州ヴィテルボ基地のピエルイギ・タスキオッティ医師の推定では、2006年が総数22,000件程度だったという。1ヵ所平均458件である。

 また別の集計では、2004年当時、47ヵ所の拠点から現場救急20,660件、病院間搬送7,790件であった。その5年前の1999年は現場救急13,896件、病院間搬送が5,124件だったから、現場救急は5年間に1.48倍、病院間搬送は1.52倍に増えたことになる。

5 ローマでの一問一答

 タスキオッティ医師からは、イタリアのヘリコプター救急全般についてレクチャーを受けた。そのときの質疑応答の結果は次のとおりである。

問「イタリアのヘリコプター救急拠点数は?」

答「48ヵ所」

問「2006年の全国の出動件数は?」

答「正確な統計はないが、おそらく22,000件くらい」

問「救急ヘリコプターの運航費は公的資金によってまかなわれていると理解しているが、医療保険などの交付金はないのか」

答「皆無である」

問「ドイツやアメリカのように、ヘリコプター救急を医療保険で負担することについてどう考えるか」

答「医療保険または健康保険と公的資金の両方で負担するのが最良と考える」

問「ヘリコプター救急の費用効果に関する研究または調査報告書はないか」

答「イタリアには、その種の報告書はない」

問「ヘリコプター救急に関する国、州、またはコムーネの権限は?」

答「国民の健康医療システムについては、国が州政府に対し、実行面、財政面の全権限を与えている」

問「州政府のヘリコプター救急に関する権限を定めた法律は何か」

答「1992年3月27日のDPR法である」

問「ヘリコプター救急に関する法規の立法権はどこにあるか」

答「各州政府が自州の法規を定める。救急業務は、この法規によって実行される。ただし、一部は国のガイドラインによっている」

問「救急ヘリコプターの運航費は州政府が負担するというが、それで十分か。国からの補助金はないのか」

答「州政府の費用負担は必ずしも十分ではない。国は州に対して一般的な交付金を出すものの、ヘリコプター救急に特定した補助金を出すわけではない」

問「救急ヘリコプターの年間費用はどのくらいか」

答「年間の平均的な費用はおよそ180万ユーロ(約3億円)である」

問「各ヘリコプターの担当地域はどのくらいの広さか」

答「最大20分で飛べる範囲」

問「ヘリコプターは病院に拠点を置いているのか」

答「ここラティオ州の3ヵ所のヘリコプター拠点は病院ではない」

問「医師の不足はないか」

答「ドクターは11人いる」

問「治療着手までの時間について規定はあるか」

答「田舎でも最大20分以内と定められている」

問「ヘリコプターにはナースばかりでなく、パラメディックが乗ることもあるか」

答「イエス」

問「病院間搬送のために担当地域や州境を越えて遠くまで飛んで行くことは認められているか」

答「当然である」

問「州や都市によって、ヘリコプター救急に関する政策の違いはあるか」

答「基本的には、どこでも同じである」 

6 ヘリコプター救急に関する見解

 以上のような実状にもとづき、イタリア各地で多くの関係者からヘリコプター救急について意見を聞いた。結果は次のとおりである。

 まずヘリコプター救急の医療効果、経済効果は如何だろうか。ヘリコプター救急活動が近年大きく増加したことから見ても、ヘリコプター利用の効果は高いと見られているはず。特に地形のきびしい地域では、ヘリコプターだけが頼りだから、その効果はいうまでもない。

 とはいえ、ヘリコプターだけで救急医療が全うできるわけではない。すなわちヘリコプターと救急車と現場治療と搬送業務など、さまざまな任務の相互協調がなければならない。そのためには、多くの分野にまたがる専門家たちが基本的な事項について共通認識を持ち、相互に理解し合う必要がある。このあたりの問題はまだ必ずしも充分に解決されていない。

 イタリア国内には今なおヘリコプター救急体制のできていない州もある。20州のうち4州である。ヘリコプター救急のない地域は人口の少ない過疎地が多く、医療機関も少ない。これでは、その地域の住民は万一のことがあっても、他の地域と同じ救急サービスを受けられない。すなわち地域格差の存在は依然大きな問題である。実際はへき地や過疎地にこそヘリコプター救急が必要であり、また過疎地でこそヘリコプターの機能は大きく発揮される。ヘリコプター救急は今や医療の一部とみなさなければならない。

 こうした問題に対して、救急専用機ではなくとも警察のヘリコプターを使えばいいではないかという議論もある。しかし警察機は救急専用ではないので、救急事案が発生したとき、いつでも直ちに対応できるとは限らない。したがって、どうしても救急専用機でなければならない。ちなみに、スペインではかつて消防用のヘリコプターを救急に使っていた。けれども他の任務も多く、常に対応できるとは限らなかったため、取りやめになった。今では救急専用機が任務についている。

 ヘリコプターはイタリアの救急医療システムにとって重要な役割を果たすようになった。しかし、まだまだ不充分なところが多く、ヘリコプター救急は今後なお拡充してゆかねばならない。拠点配備の問題はもとより、ヘリコプターに乗る医療スタッフの教育訓練、治療レベルがヨーロッパ諸国の水準に達しているかどうかという問題、そしてヘリコプター運航費の負担、さらに運航拠点の地上施設に要する費用の捻出などである。

 財務上の問題解決のためには国と州と病院のいっそうの協力と協調が必要である。同時に如何にして少ないコストで大きな効果を挙げるかを考える必要がある。

 ヘリコプター救急は単に人命を救助するだけではない。治療効果を高め、後遺症を減らすことでも大きな役割を果たしており、それによって直接の医療費を減らすばかりでなく、間接的に社会費用負担をも減らしているのである。 

7 ヘリコプター救急の急増

 ところで、英シェファード出版「エア・アンビュランス・ハンドブック1999年版」によれば、イタリアでは1998年夏の時点でヘリコプター会社7社が19機の救急専用ヘリコプターを保有していた。この19機の中には予備機も含まれているだろうから、救急拠点としてはもっと少なかったと思われる。その拠点が何ヵ所だったかは書いてない。

 ところが現在、イタリアの救急拠点は48ヵ所という。わずか10年ほどの間に2〜2.5倍くらいの増加をしたことになる。何故そのような奇蹟が起ったのか。ヘリコプター救急を普及させようとして、なかなか普及しない日本にとって、イタリアの急増ぶりは何か参考になることがあるのではないか。

 この調査は、そうした観点から始まったものである。回答を得るのはなかなか難しいが、1992年の近代的な救急システム構築のための政府ガイドライン、および96年の改正ガイドラインが基本にあることはいうまでもない。

 このことを踏まえて、ヘリコプター救急の急増を促した要因を考えると、次の3点を挙げることができるのではないだろうか。

 第1は税制の改変である。イタリアでは国民の保健衛生に関して州政府が権限を持ち、各地域の実情に即して法規をつくり、それを実行に移す。救急制度についても同様である。そこへ1998年IRAPが導入された。IRAPは日本語で「州生産活動税」と訳されているが、社員数、人件費総額、借入金額など外形標準に基づく地方法人課税で、それまでの複雑多岐にわたる税を統廃合する中で導入された。

 これにより州の自主財源比率が7%から44%に上昇したが、同税収の9割は医療保健費用に当てられており、目的税的性格が強い。導入から3年間は国が徴収し税率も一律であったが、2001年には課税権が州に移行し、各州は基準値プラス1%の範囲で税率を自ら決定することができるようになった。これで州の自主財源が飛躍的に充実し、自治意識の向上に寄与した。また税制が簡素化された結果、それまでの徴税洩れが減って増収につながったという効果もある。

 つまり、相当程度の財源が確保されたわけで、これなくしては、いくら法規を定めても絵に描いた餅になってしまったであろう。

 第2の要因は、各州の競争意識ではないだろうか。イタリアは歴史的に長い間、小さな都市国家が乱立していた。それが100年余り前、政治的に統一されたものの、長年の独立心や対抗心が心の奥深く眠っていて、事あるごとに噴き出してくる。どこかの州が救急ヘリコプターを飛ばし始めたとなれば、こちらも負けるわけにはいかない。幸い税制の変化によって財政的な余裕も出てきたという背景もある。

 第3に、このシステムをもって住民の健康を保持するという大義名分が成り立つ。州政府として如何に住民の健康に配慮しているかを、ヘリコプターというきわだった媒体によって広く知らしめることができる。しかも単なる名分ばかりではなく、現実にヘリコプター救急は大きな効果を発揮する。

 わずかな期間で、イタリアのヘリコプター救急が増えたのはそうした要因があったのではないかというのが、われわれの結論である。 

(HEM-Net、2008.3.24)

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