<FARE>

ヘリコプター救急の未来(8)

 

飛行安全の確保

 アメリカのヘリコプター救急は1972年から2002年までの30年間に飛行時間が約300万時間に達し、およそ275万人の患者を搬送した。その間、ヘリコプターの事故は166件、死者は183人だった。

 こうした救急機の事故についてシカゴ大学航空医療ネットワーク(UCAN)のアイラ・ブルーメン博士は詳しい調査を行った。それによると、救護した患者10万人あたりの事故は1980年の17.36件から2001年には5.5件に減少した。また、この30年間の搬送患者の危険性は、患者10万人あたりの死亡数0.76人と報告されている。他方、入院患者の危険性は、病院内の感染症や医療ミスなど、最近の推定では10万人あたり1.2人ないし292人までとさまざまだが、いずれにせよ救急飛行の危険性よりも高い。

 しかし近年、救急ヘリコプターの機数と搬送件数の増加に伴ない、事故が増えている。UCANの調査の中でも、米救急パイロット協会の元会長は、墜落事故の原因は昔から変わっていないことを強調している。すなわち事故原因のトップ3は「無理な出動、飛行前の計画、飛行中の決断」で、患者の状態と飛ばねばならないという義務感による独特な圧力を反映したものとなっている。

 そこで患者の安全性を高めるために、航空医療の関係者たちは、航空界で効果を挙げてきたクルー・リソース・マネジメント(CRM)を応用した対策を取りはじめた。加えて、一部のヘリコプター救急プログラムでは航空機を入れ替え、計器飛行の資格を持ったパイロットを雇用したり、夜間暗視装置(NVG)や地形回避警報システム(TAWS)などの最新技術を採り入れている。これらは飛行中に気象条件が急変した場合に特に重要である。

 かつてオリバー・ウェンデル・ホームズ判事は「安全ということは、危険性が全くないという意味ではない」と指摘した。すなわち危険性は完全に排除することはできないことを認識した上で、航空医療サービスを受ける側の国民と、それ提供するパイロット、看護師、パラメディック、医師、その他の医療スタッフの両方に、可能な限り安全な環境を確保しなければならない。その目標に向かってアメリカ航空医療学会(AAMS)は、事故件数ゼロをめざす「ビジョン・ゼロ」運動を始めている。  さらにまた、今後10年間にヘリコプター事故を8割減とする目標を掲げて、国際ヘリコプター安全チーム(IHST:International Helicopter Safety Team)が結成された。構成は、アメリカ・ヘリコプター学会(AHS:American Helicopter Society)、国際ヘリコプター協会(HAI:Helicopter Association International)、連邦航空局(FAA)、カナダ運輸省などが中心である。

 こうした取り組みは、航空医療関連の団体や機関が自主的に協力し、法規を制定する当局が最良の実施基準を定め、その導入を促進することを前提として、航空医療というきわめて複雑なシステムでエラーが起こらないような効果的手法を探ることになる。また、事故による重傷者または死者の数をゼロにすることを目標に、投資と財務計画の優先順位を定め、安全に関する費用便益分析と現実の証拠に基づく最良の戦略を開発し、実施することに焦点を絞っている。

防災計画への組み入れ

 航空医療は医療制度の中でも特異な役割を果たす。それは救急機関、警察、厚生省、病院などと協力し、救急現場や病院内の重傷または重篤の患者と、遠くの専門医師との間の橋わたしをするための多面的活動とみなすことができる。特に山間へき地の患者にとっては、きわめて重要である。

 航空医療は、地方、州、地域、国の医療制度の中に、きちんと組み込まれなければならない。最近公表された国民的合意の文書「地方とへき地の救急に関する今後の課題」(Rural and Frontier EMS Agenda for the Future)では、航空医療サービスが地方ならびにへき地の救急体制にとって不可欠の要素であるとし、米国内の多くの地域では航空機だけが唯一の二次救命手段であると指摘している。

 しかしまた、航空医療プログラムが増加するのはいいとしても、ほとんどの州で航空医療に関する計画、調整、法規のないことも問題である。その結果、無用の競争や軋轢が生じたり、安全が損なわれたりしていることから、この文書は「航空医療、救命搬送、その他の専門的な治療および搬送体制を、州レベルで立案し、統合し、法制化する」よう勧告している。

全米各州の救急行政担当部局の連合組織NASEMSO、およびAAMS、救急医学会(NAEMSP)は、このほど共同で、救急医療業務の計画、調整、監督の仕組みを作るために、各州向けの「実務ガイドライン」の作成に着手した。それが完成すれば、各州の救急機関は、このガイドラインに基づいて、航空医療関連の他の機関とも協力しながら、複数のにまたがる業務の調整を行なうことになっている。

 加えて、2005年メキシコ湾沿岸を襲ったハリケーンなどの自然災害で民間航空医療サービスの重要性が明らかになったように、航空医療は国と地域の防災計画の一環として組みこんでおく必要がある。航空医療プログラムは医療機器と専門要員を搭載した航空機独特の対象範囲と高速度のおかげで、一つの州でも、複数の州にまたがる地域でも、災害への対応と避難を援助するために、膨大な手段を即座に利用することができる。したがって航空医療サービスは、地域社会と専門的な三次救命センターの橋渡しをするという機能を超えて、大災害への対応策としても必須の多面的役割を果たす。

 ここで特に注意すべきは、災害時に即座に利用可能な航空医療搬送サービスは、大部分が政府の提供するものではないということである。

 災害の規模または場所にかかわらず、重篤および重傷の患者に関し、迅速で調整の取れた治療と避難作業を行えるよう保証するには、医療の責任者と政策決定者が防災計画の中に航空医療を盛りこんでおくことが不可欠である。

 ハリケーン・カトリーナの災害時、ニューオーリンズとミシシッピ州の一部の病院で見られた避難状況は問題が多かった。あのとき、これら「空飛ぶ救命救急室」がなかったならば、さらに何千もの人命が失われたであろう。いかなる災害でも、時間は最も重要な要素である。したがって警察、救急機関、病院、そして地域と州の災害対策センター(EOC)の迅速な初動はきわめて重要である。初動の遅れと出動に関する調整不足は、さらに多くの人命を危険にさらすことになる。

 そのため、これからの国、州、地域の災害出動計画には民間航空医療サービスを盛りこみ、災害現場からでも病院からでも迅速かつ調整の取れた避難ができるようにしておかなければならない。(つづく

(HEM-Net、2007.3.1)

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