<FARE>

ヘリコプター救急の未来(4)

 

航空医療の基本的な任務

ゴールデン・アワー

 1970年代初め「ゴールデン・アワー」という理念が生まれた。これは重傷患者にとって、受傷後1時間以内に専門医が治療するならば、充分に回復することができるという考え方である。

 この理念と、上述の白書「事故による死亡と障害」の結論、さらに戦場で軍用ヘリコプターが負傷兵の救護に役立ったことなどから、平時の国内においてもヘリコプターが交通事故などの外傷に重要な役割を果たし得ることが広く理解されるようになった。

 しかし、その実践のためには、救急業務そのものが有効かつ安全であることを実証しなければならなかった。患者の扱いが乱暴だったり、呼吸、出血、脊髄損傷、骨折、内臓損傷などの安定化が足りないと、却って大きな障害を引き起こし、負傷者の命を奪うことにもなる。

 そこで基本的な一次救命処置の内容と方法が1970〜80年代を通じて進歩することになった。たとえば出血を止める、呼吸を助ける、脊髄を固定する、骨に副木をあてるなど、患者の容態を安定させるための初期治療である。こうした一次救命処置(BLS:Basic Life Support)は、アメリカでは、当時も今も主として救急隊員(EMT: Emergency Medical Technician)によって行なわれている。

 同時にパラメディック(救急救命士)や中級の準救命士が行う二次救命処置(ALS:Advanced Life Support)も発展し始めた。これは心臓または呼吸の停止、糖尿病の発作、アレルギー反応などの分野で、状況が一変する可能性がある場合の救急医療を主なねらいとするものである。彼らは軍の衛生兵同様、負傷者の容態を安定させる処置も認められている。たとえば静脈輸液による失血補充、気管挿管、肺の再膨張などの処置である。

 アメリカの医療制度が変わるにつれて、医学的に不安定な急性・重篤の患者を、容態に適した医療施設へ搬送する必要性が大幅に増大した。これらの患者を人工呼吸器、多種類の薬物療法、侵襲的心臓・肺・神経モニターなどの方法で維持するには、特別な訓練を受けたICUスタッフを必要とする。近距離の移動には特殊装備をそなえた救命救急車が使えるけれども、長距離の病院間搬送には専用の特殊な医療機器を装備したヘリコプターや飛行機が必要となる。加えて、専門的な資格をもった医師の同乗も必要である。

迅速で高度な治療

 上述の1966年白書では、救急体制および病院の外傷治療施設の質的向上が求められていた。それと同じ年、全米高速道路安全法が議会を通過し、運輸省に救急体制の整備を進める機関を設立する予算が配分された。同時に航空医療サービスが芽を出したことで、双方相まって高度の治療水準と搬送手段を実現する条件がととのったのである。

 救急専用の航空機は、医療スタッフが同乗することで、救急車では真似のできない高水準の治療を実現する。とりわけヘリコプターは交通事故の現場はもとより、前もって予定した救急車からの引き渡し場所やその地域の診療所などへ出動するが、そのときは必ず三次病院レベルの技能と装置、豊富な医薬品、高度な救命医療技術を用意してゆく。ヘリコプターの機内には特に困難な呼吸合併症のための救命器具、血液と血液製剤、最先端の患者モニター装置が備えてあり、単なる一次または二次救命レベルの救急車を航空機に替えただけといったものではない。それは、むしろ「空飛ぶ救命救急室」と呼ぶ方がふさわしいだろう。したがって遠いへき地へも容易に飛んでゆける航空機は、救急車が少なくて救急車を呼ぶことのむずかしい地域では特に重要である。

 航空医療にたずさわる救急隊員は、一般に、地上の二次救命処置ができる救急隊員を超えて、医師にまさるとも劣らぬ技能と資格を備えている。今のアメリカで航空機に同乗する医療スタッフは、特別の訓練を受けたフライトナースとパラメディックで、必要に応じて他の医療専門家や医師を加えることもある。そのおかげで、救急現場でも地方病院でも、救急専用機が飛んでくれば、直ちに効果的な三次病院レベルの治療を開始することが可能となった。

 航空医療チームは、きわめて重篤な患者や重傷の患者に対応することが多い。いっぽう地上の救急隊員は多数の患者に対応するが、緊急性はさほど高くない例が多い。したがって航空医療チームの方が、むずかしい症例の扱い方に習熟しており、重度の外傷患者や心臓発作の患者であっても、航空搬送の利点は飛行の影響やストレスを補って余りあることが実証されている。

治療開始までの時間短縮

 救急ヘリコプターは現場から病院までの負傷者の搬送と、小さな診療所から外傷センターや熱傷、心臓病などの専門病院への近距離患者搬送に使われる。いっぽう飛行機は長距離の病院間搬送にあたる。

 患者の搬送に航空機を使えば、飛行中も患者に対して高度な医療処置を施すことが可能となり、また容態が急変したときも迅速な対応が可能となる。

 重篤な患者にとっては、発症から医師による直接の治療を受けるまでの時間を最小限に短縮することが重要である。ヘリコプターは二地点間を直線的に飛行することができる。したがって、救急車のような渋滞による遅れを避け、病院までの所要時間を最も短くすることができる。一方、飛行機は、はるかに長い距離を短時間で移動することができる。

 また救急車が悪い道を走らなければならないとき、患者は路面の凹凸による振動、急ブレーキ、急発進などで不快感を覚えるが、航空機はそんなことはなく、むしろ快適でさえある。

 こうしてアメリカでは、飛行機とヘリコプターを合わせて、年間およそ50万件の患者搬送を行ない、この10年間に数百万人を救護した。

 外傷センターから孤立したような山間へき地の患者にとって、航空医療は山、谷、森、島などの地形的な条件を克服して迅速な対応が可能であることから、きわめて有益である。さらに、病気や負傷の現場が遠隔地だった場合、患者を居住地や高度な医療施設に運ぶ「帰還搬送」も、飛行機の主要な役割のひとつである。またヘリコプターは都市および近郊の道路が渋滞しているとき強力な救急手段となる。

 ところがアメリカの現実は、最近の医療制度の変化により、特に地方の山間へき地では、ますます救急医療が困難になっている。たとえば救急部のある病院は、1992年の5,000ヵ所余りから、2002年には約4,600ヵ所に減少した。この傾向は今後も続くものと予想される。

 最先端の設備をもつ外傷センターも減少しつつある。特殊な医療施設や専門医師も都市部に往ってしまい、地方では利用しにくくなった。そのうえ病院の救急部は混み合うようになり、救命および専門のベッド数が不足しているため、病院は救急患者をほかへ回そうとする。

 こうした事情から、航空医療、特にヘリコプター救急は都市以外の地方住民にとって、医療面での重要な安全手段となっている。(つづく


シアトル・ハーバービュウ病院の屋上に患者を搬送してきた救急機
アグスタA109

(HEM-Net、2007.2.16)

トップページへ戻る