<アスカ21>

日本版ADAMSとACNを整備し、
交通事故死者数の更なる削減を

益子 邦洋
(日本医科大学千葉北総病院救命救急センター長) 

 

 警察庁交通局の発表によれば、平成19年中に交通事故で死亡した者(24時間以内)は5,744人、前年比-608人(-9.6%)であり、昭和28年以来54年ぶりの5千人台となった。人、道、車、医療の4つの視点から、国を挙げて取り組んだ様々な対策が効果を表わしたと評価できよう。

 しかしながら、国家公安委員会では平成15年に「10年間で交通事故死者数を5千人以下とする」政府目標を立てており、この目標を達成するためには更なる取り組み強化が求められている。そこで今回は、救急ヘリシステムと自動車事故自動通報システムを組み合わせた米国の取り組みを紹介する。

 ADAMS(Atlas and Database of Air Medical Services)はアメリカで使用されている航空医療サービスのための地図情報で、ヘリコプターの出動拠点、通信センター、外傷センターその他の医療施設など、救急ヘリコプターに必要な情報を集積したデータベースである。ヘリコプターの運航にあたる機関として、非営利団体、企業、公的機関(警察、消防)、さらに日常的に救急業務を提供している軍隊の情報も含まれている。

 ヘリコプター自体の情報としては、それらが待機する拠点や出先基地ごとに機種、機数、登録記号が記載されている。さらに、これを地理情報システム(GIS:Geographic Information System)と組み合わせてインターネットにのせることにより、全米どこからでもインターネット上でパスワードを使って、地図として見ることができる。

 ADAMSへのアクセス権は、消防・警察などの公的機関、航空医療協会会員、事故自動通報システム関係者、防災および本土安全保障関係者、救急医療関係者、その他健康福祉関係者などに限られる。ADAMSの作成に際しては、米国運輸省内の国家高速度交通安全部局(National Highway Traffic Safety Administration :NHTSA)が資金を出し、米国航空医療学会、交通傷害研究所(Center for Transportation Injury Research; CenTIR)、ニューヨーク州立大学、エリー・カウンティ医療センターなどが協力した。

 ADAMSは全米のヘリコプター救急拠点が一望できる形になっており、地図上の青い円は、ヘリコプターが待機の拠点から10分以内に飛行できる範囲を示す。円の大きさは拠点ごとの機種により、飛行速度の違いによって異なる。速度のはやいヘリコプターが使われている地域は、円の形も大きくなる(図1)。


図1 米国全土をカバーするADAMS(Atlas and Database of Air Medical Services)

 ADAMS のデータは2003年に作成されて以来、2004年、2005年、2006年と更新されている。米国全体で2006年9月現在、ヘリコプター救急サービス数が270 プログラム、拠点数647 ヵ所、機体数792 機であった。これで米国民の77.6%がヘリコプター救急10 分以内の範囲に住んでいることになるという。米国の州毎にヘリコプター救急10分以内でカバーする割合と負傷者1,000人当たりの死亡者数を検討したところ、カバーする割合が高い州ほど死亡者数は少ないことが明らかになった(R=-0.70)(図2)。


図2 ヘリコプター救急10分圏の割合と負傷者1,000人当たりの州別死亡者数の関係
横軸:ヘリコプター救急が10分以内でカバーする割合
縦軸:負傷者1,000人当たりの死亡者数

 一方、自動事故通報システム(ACN:Automatic Crash Notification)は高度道路交通システム(ITS:Intelligent Transportation Systems)の1つに位置付けられており、自動車事故が発生し、エアバッグ等が作動した時に自動的に専門のオペレータへ接続するシステムである。オペレータの問いかけに対してドライバーの応答がない場合には、オペレータがドライバーに代わって速やかに救急車やパトカーの手配を要請する仕組みになっている(図3)。

 米国では43,000人の交通事故死者の内、25,000人(58%)は現場で死亡しているが、事故自体の衝撃が大きかったばかりでなく、事故の発見が遅れたり、救出までに時間が掛かったために死に至った例も多かった。事故発生から通報までの平均時間は都市部で約3分なのに対し、過疎地では6分以上を要していた。受傷から1時間以内に手術等の根本的治療を行うためには、救急通報は1分以内、救急隊現場到着は10分以内、病院到着は45分以内が望ましいとされているが(Golden Hour Benchmarks)、2002年の米国の過疎地におけるデータはそれぞれ、7分、18分、53分であった。また、事故発生から通報までの時間と現場死亡の割合を検討すると、1分以内では現場死亡は40%であったが、10分を超えたものでは54%に増加していた(図4)。

 救急通報を可及的に短縮させるためにはどのような方策があるか検討した結果、ACNが注目されるようになったのである。ACNを搭載した車両は1997年には700台であったが、2003年には40万台に増加しており、ACNを更に普及させれば年間の交通事故死者数を、過疎地で12%、米国全土で1.5〜6%削減すると見積もられている。

 米国では、多発する交通事故と多くの死傷者を減らすことを目的に、1970年代から「適切に選別された患者を、適切な時間内に、適切な医療機関へ搬送する」外傷診療体制(外傷システム)の構築が進められており、その結果、防ぎ得る外傷死亡(Preventable death)は着実に減少してきた。その詳細については、アスカ39号、42号、43号、46号、52号、58号、63号に詳しく述べた通りである。しかしながら、交通事故死者数の更なる削減を目指すためには、情報通信技術(IT)の進歩に合わせた新たな仕組み作りが求められ、このシステムが構築された経緯がある。 

 ADAMSは元来、ACNにより得られた事故情報を、ヘリコプターを活用した効果的な救助・救急、最適な病院への搬送に結びつけることを目的として開発された。ADAMSもACNも共にわが国では馴染みがないが、米国ではこの両者を組み合わせて活用し、目撃者のいない単独事故等により重傷を負った場合に迅速にヘリコプターを出動させ、交通事故による死者を減らし、後遺症を軽減することに積極的に取り組んでいる。

  わが国においても、「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法」が平成19年6月の通常国会で可決・成立し、いよいよ、ドクターヘリが全国に配備される基盤が整った。平成20年1月現在14箇所の基地病院の数は、数年以内に大幅に増加することになろう。今こそ、わが国独自のADAMS日本版を開発し、ACNシステム搭載車両の増加を図り、事故発生から治療開始までの時間を短縮する事により、交通事故死者数の削減と後遺症の軽減を目指すべきである。(「アスカ21」No.65、2008年1月25日発行所載)

 

(HEM-Net、2008.2.4)

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