<ドクターヘリ・デイズ(1)>

いち早く患者のもとへ

 

 「大丈夫ですか。手を握ってみてください」。8月20日、白井市内で起きた交通事故。トラックにはねられた女性(27)が全身打撲の重傷を負った。事故発生から十数分後、現場近くの小学校の校庭に止められた救急車の中で、医師が女性に声をかけた。女性は出血がひどく、血圧も低下。「ええ」とだけか細い声で応えた。

 近くではヘリコプターが待機している。日本医科大学千葉北総病院(印旛村)が運航するドクターヘリだ。「搬送します」。医師の声で、看護師や整備士がストレッチャーに女性を移し、ヘリに収容した。

 「離陸します」。パイロットがインターコムで看護師らに声をかける。10分後、女性は約15キロ離れた同病院の処置室で治療を受けていた。出動要請から、離陸するまでわずか3分。病院への収容まで20分。女性の命に別条はなく、2週間後に無事退院した。

 救急医療には「大量出血を伴う外傷を受けた場合、1時間以内に適切な治療を受ければ死亡率は3分の1に減る」という「ゴールデン・アワー」(黄金時間)という概念がある。救命率向上のためには、「患者を待つのではなく、いち早く医師が患者の元に行く」という考え方の転換が求められ、それを支えたのがヘリコプターだった。

 70年代、米でヘリを使った救急医療体制を整備したところ、死亡率が大幅に低下。その効果は日本でも救急医の間では早くから知られていたが、ヘリの着陸には事前申請が必要など、航空法などの制約から日本では導入が遅れていた。

 しかし、阪神大震災(95年)をきっかけに導入の機運が高まり、千葉県でも01年10月から運航が始まった。基地である同病院からは県内ならどこでも30分以内で到着でき、1時間以内に病院に収容できる。出動回数は約4000回、延べ約3800人を運んだ。

 ヘリで現場に向かうことができるのは医師1人と看護師1人だけ。「ドクターヘリでは誰も助けてくれない。医師1人で何でもその場で判断できなければ駄目です」

 医師の松本尚(46)は、7年前の事業開始当時からフライトドクターとして勤務している。救命救急センター所属の医師12人が1日交代でヘリ当番をしているが、その中でも最古参だ。

 山武郡であった交通事故。「1人倒れている」との連絡で現場へ向かうと、はねられた高齢女性の他、はねた男性もショック状態になっていた。より重症な男性をヘリに収容、女性は救急車で搬送してもらった。出動から男性を処置室に収容するまで30分。

 「患者数が事前情報とは違って驚いたが、うまく処置できた。制限された環境の中で、いかにいい仕事ができるか。いい仕事をすれば命が助かるし、駄目な仕事なら患者は死んでしまう」。松本はドクターヘリに従事する救急医の気構えをそう語る。

 「最初、現場に降りたとき、何もできなかった」。看護師歴15年、フライトナースとしては500回以上の出動経験を持つ二俣美鶴(35)は、最初の出動となった7年前の交通事故を振り返り、「呆然(ぼうぜん)とした」と話す。救急隊員や警察官が動き回る現場を目の当たりにして、自分が何をしていいのかわからなかったのだ。

 看護師の仕事は清潔第一。ぬかるみでも現場が処置室になる。通常は医師がやる患者家族への状況説明や既往症、服用薬などの聞き取りも必要。この環境のギャップに、勤務経験の長い看護師でも「立ちすくむ」という。

 救命救急センターには10人がフライトナースとして勤務している。最近は最初からフライトナースを希望する人も出てきた。

 現場で効率よく落ち着いた対応ができるようにと、二俣は同僚の大森章代(37)とフライトナースの教育プログラムの研究を始めた。ミニカーを使ったシミュレーションや出動後に気付いたことを記入する「振り返りレポート」などを導入した。二俣は「教育はまだ手探りの状態。すべてはこれからです」と話す。=敬称略(黒川将光、毎日新聞2008年9月9日付より要約)

 

(HEM-Net、2008.9.22)

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