<ヘリコプター救急>

救命と予後の改善に向けたシステム設計

HEM-Net理事長 

國松 孝次

 

<承前>

警察庁長官時代に狙撃されて腹部に3発の銃撃を受けながら一命を取り留めた体験を持つ國松孝次氏が取り組む「救急ヘリ」の普及。その効用はもっと認識されるべきだ――

特別措置法の制定で
救急ヘリ導入促進へ

 先号で述べたとおり、医師等を現場に急派するとともに、患者を迅速に最適の病院に搬送する機能を有する「救急ヘリ」を活用することにより、重症救急患者の救命率の向上と予後の改善を図ることができる。このことは、少なくとも先進国といわれる国ではよく認識されており、お国柄によって多少の違いはあるが、「救急ヘリ」の仕組みが整備されている。

 それなのに、日本だけがひとり取り残された形で、遅々として整備が進んでいない。とても先進国とはいえない現状にあることが、多くの国民には、実はほとんど知らされていない。

 われわれは、平成十七年三月に「わが国ヘリコプター救急の進展に向けて」と題する総合レポートを取りまとめて以来、「救急ヘリ」の全国整備のために取るべき方策について各般にわたる提言を行ってきた。

 そのなかで何よりも肝要なことは、国が立法行為を通じて「救急ヘリ」の整備の重要性と必要性を明らかにし、整備の枠組みをはっきりと示すことであると考えて、「『救急ヘリ』整備緊急措置法」(仮称)の制定を訴えてきたところである。

 幸いなことに国会において、「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法案」の審議が大詰めを迎えており、遠からず同法の成立が期待されている。この法律に言う「救急医療用ヘリコプター」とは、われわれの言う「救急ヘリ」とほぼ同義であり、われわれはこの法律の成立を心から歓迎したい。

 今後、新しい法律ができれば、それに基づき、「救急医療用ヘリコプター」の全国整備が進められることになるが、われわれは、「救急ヘリ」の普及を組織目的とするNPO法人として、新法の施行状況を注意深く見守りながら、その具体的なシステム設計に関して必要な提言を行っていきたいと考えている。

救急車で間に合わない時
「救急ヘリ」と連携する

 私などが各地で講演をすると、どうしても「救急ヘリ」の必要性を強調するものだから、聞いている方々のなかには、何か「救急ヘリ」を救急車と同じ頻度で、毎日ブンブン飛び回るようにすべきだと主張しているようにお感じになる方がおられる。

 しかし、「救急ヘリ」は、大量出血を伴う外傷、心臓疾患、脳疾患など、一刻を争う治療を要する重症救急患者のためのものであって、そう頻繁に出番のあるものではない。

「救急ヘリ」の要件を満たす日本のドクターヘリの出動は、平成十六年の実績で、一機平均、年間四百回程度。せいぜい一日一回強である。ヘリコプター救急の先進国であるドイツやスイスでも、ヘリの飛行回数は、一機当たり一日二回か三回である。

 救急活動の主力は、今までも、今も、これからも救急車であることは変わらない。ただ、救急車で間尺に合わない、ここぞという時のことを考えて、「救急ヘリ」を用意しておく。言い換えれば、救急医が、今ここに「救急ヘリ」があったら、この患者は助けられたのに、それがないから助けられなかったということのないようにすることが大切なのである。この体制を整えない限り、人の命を救う危機管理が万全であるとはいえないと思う。

 実は、「救急ヘリ」の車両版である「ドクターカー」というものを配備している市がある。都市部では、「救急ヘリ」より「ドクターカー」のほうが使い勝手がいいこともあるだろう。

 肝心なことは、救急関係者が、「救急車」、「救急ヘリ」、「ドクターカー」を三者三様に使い分ける配意を持ち、それを総合的に運用して抜かりのない、充実した地域救急医療体制をつくり上げることである。

 この点で残念なのは、地方へ行けば行くほど、救急活動といえば救急車のことしか念頭にない救急関係者が多いことだ。

 先号で紹介した国際医療福祉大学の河口洋行教授の研究で、三次救急医療機関への車両によるアクセスに八十分もかかることを示された某県の救急関係者が、「自分の県では救急車で間に合っているから、ヘリは必要ない」と言っているという話を聞いて、ちょっと驚いたことがある。

 実のところ、ヘリコプターが正規に救急隊の標準装備に加わったのは、平成十年の消防法施行令の改正以来のことである。だから、まだ馴染みが薄いのは無理からぬことではあるが、早くすべての救急関係者が、「救急ヘリ」の活用も視野に入れた救急体制の重要性に気づき、その体制構築に思いを致してほしいと思う。

地方の実情に合わせて
消防ヘリ等とも連携

 さて、ここで言葉の整理をしておく。

 現在、検討されている新法に言う「救急医療用ヘリ」とは要するに、現在、厚生労働省が整備を推進しているドクターヘリと同義のものと思われる。われわれの言う「救急ヘリ」は当然、ドクターヘリを中心に置く概念であるが、そのほかにも、ドクターヘリ的に運用される消防防災ヘリ等も含むものとして考えている。

 今後、新法が成立すれば、それに基づき、各都道府県で新たな「救急医療用ヘリ」の導入が進むことが期待される。そういうことになれば、それが一番すっきりする。

 ただ、都道府県には、すでに七十機の消防防災ヘリが配備されているのであるから、管内に複数機の消防防災ヘリを有する場合、それらを活用し、「救急医療用ヘリ」の実態機能をもつものとして運用しようとするところも出てくるであろう。

 また、一機しか消防防災ヘリがなくても、警察ヘリや自衛隊ヘリなどと組み合わせて、「救急医療用ヘリ」の実態運用ができる都道府県もあるかもしれない。

 今後の状況を見なければなんともいえないが、事柄は、全国一律にこうすべきだという設計図を作る必要があるものではない。各都道府県がその地方の実情に応じて決めていけばよい問題であると思われる。われわれが全国に整備すべき「救急ヘリ」の概念に含みをもたせているのも、その辺の事情を考えるからである。

 いずれにせよ、新たに「救急医療用ヘリ」を導入する場合にも、消防防災ヘリとの連携関係をどのように構築するかは、よく検討し、決めておかねばならない。

 その上で、隣接道府県間で協定を結び、広域にわたる「救急医療用ヘリ」の運用を確保することを通じ、広域救急医療体制を築くことが大切である。

ヘリ運航費用の負担は
民間など多様な分担で

 現在のドクターヘリ事業がとんと進まず、未だ全国に十一機しか整備できていない最大の理由は、その運航費用を負担しようという都道府県がなかなか出てこないことにある。

 ドクターヘリは、みな民間航空会社からのリース機で、年間の運航費用は一機当たり、おおまかに言って約二億円。これを国と地方が全額公費で折半するというのが現行の仕組みであるが、この都道府県の分担する約一億円を、現下の地方財政の逼迫もあって、特に中小の県ではなかなか負担しきれないのが実情である。

 事実、現行制度の下ではドクターヘリは、財政規模が大きい県から順に整備されていっており、中小の県は後回しになっている。しかし、中小の県ほど、救命救急センターまでの車両によるアクセス時間が長く、ドクターヘリの必要性が高い。したがって、現行制度でいく限り、救急医療体制の「地方格差」はますます拡大することになる。

 われわれは、この深刻な事態を改善するためには、ヘリ運航費用の負担の分担を抜本的に変える必要があると考える。

 まず、ヘリ運航費用の都道府県負担額が都道府県の財政規模に応じたものになるよう調整する仕組みをつくらなければならない。

 その上で、運航費用を医療保険給付の対象にするほか、各種団体・個人からの寄付でも賄うことができるようにするなど、費用負担を多様に分担する仕組みをつくるべきである。

 この点、新法の要綱案を見ると、「救急医療用ヘリ」を用いた救急医療の提供に要する費用を、民間等の者からの出資金を基金として設立する非営利法人に助成させる制度を創設しようとしているのは大いに評価できる。また、医療保険の適用に関しても、法律の施行後三年をめどにして検討する旨の規定を設けることとしているのはいささか問題の先送りの感もあるけれど、法律で「検討する」と明記することは大きな前進であり、今後の検討の推移に注目したい。

「救急医療用ヘリ」の運航費用を保険給付の対象とすることについては、国会の審議の過程で強い異論があったと聞く。しかし、異論を持つ方々には、ぜひ考えていただきたい点がある。

 それは、「救急医療用ヘリ」を活用すれば、救急車だけで救急活を行うより、医療費負担は少なくてすむ可能性が極めて高いということである。

ドイツで民間保険会社が
普及に積極的な理由

 この点に関する実証的な研究はこれまで皆無に等しかったが、最近、わが法人の委託を受けて、東大医科研の山口拓洋博士(生物統計学専攻)が画期的な研究を行った。その一部は先号でも触れたが、ここで詳しく紹介しよう。

 博士は、日本医大千葉北総病院が2003年1月から06年3月までの間に扱った交通事故患者のうち、救急車とドクターヘリが競合して利用される地域内で発生した事故の患者から救急車搬送44人、ドクターヘリ搬送26人を抽出し、それらの者を年齢、性別、現場血圧、現場呼吸数、外傷重症度(ISS)、現場意識障害深度(現場JCS)でそろえた上で、入院日数および入院点数の比較を行ったところ、次の表のような結果を得た。

評価項目

ドクターヘリ

救急車

入院日数

21.8日

38.5日

−16.7日

入院点数

132,595点

245,554点

−112,959点

 いかがであろうか。研究結果では、ドクターヘリ被搬送者のほうが救急車被搬送者に比べて、入院日数で約17日短く、入院点数で約11万点低いことが示されているのである。

 もちろん、この研究だけで確たることを言うのは尚早であり、今後、他施設で同様の研究を行って、さらに検証していく必要があるのは当然である。

 しかし、ドクターヘリが患者の救命率を向上し、予後を改善する効果をあげることができるものである以上、われわれは、上記の結果の妥当性と再現性は極めて高いものであり、ドクターヘリの活用は医療費の削減効果をもつことを数値的に実証できるものと考えている。

 実は、ドイツは世界最高水準の「救急ヘリ」システムを持つが、ドイツで「救急ヘリ」整備の最大のプロモーターは保険会社なのである。民間企業の保険会社がなぜ「救急ヘリ」の普及に積極的なのか。理由は簡単、保険金の支払いが少なくてすむからである。

 日本においても、今後のヘリ運航費用への医療保険適用の問題の検討に際し、新規給付事由の発現にひたすら拒否反応を示すのではなく、データに基づいた、冷静で、実証的な議論が展開されることを心から期待している。(完/月刊ビジネス情報誌「エルネオス」2007年2月号掲載))

  

くにまつ たかじ 1937年生まれ 静岡県出身 東京大学法学部卒 61年警察庁入庁 94年警察庁長官 97年退官 99年スイス大使 2003年から現職>

(HEM-Net、2007.3.17)

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