第2章 ヘリコプターの利用効果 (承前)
3 ドクターヘリの試行 わが国のヘリコプター救急は、少なくとも阪神大震災までは、専用機も救急実績も皆無に等しい状況だった。しかし欧米では、ヘリコプターが救急車同様に日常的に使われ、都会地にもまして、医療施設の乏しい農山村地域で極めて大きな効果を上げていることは、関係者の間ではよく知られていた。
そのため1981年以来、いくつかの病院でヘリコプターを救急に使う運用実験が小規模または大規模におこなわれてきたが、1999年10月、当時の厚生省が「ドクターヘリ試行的事業」と呼ぶ実験運航に踏み切った。この試行的事業は2001年3月まで1年半にわたって、2か所でおこなわれた。岡山県倉敷市の川崎医科大学附属病院高度救命救急センターと神奈川県伊勢原市の東海大学附属病院救命救急センターである。
その結果は表2-3のとおりで、救急医療にヘリコプターを使うことが如何に有効かつ重要であるかが、限られた期間の事例ではあったが、如実に示された。
表2-3 厚生省ドクターヘリ試行事業の成果
死 亡 障 害 軽 快 中等症・軽症 合 計 東海大学
実績
38 38 107 91 274 推計
96 62 25 91 川崎医科大学
実績
92 41 236 113 482 推計
147 71 151 113 合 計 実績
130 79 343 204 756 推計
243 133 176 204 [注1] 実績:1999年10月〜2001年3月(1年半)の間のドクターヘリによる治療実績
[注2] 推計:ドクターヘリを使用しなかった場合の推計
[注3] 「障害」:運動機能障害が残り、何らかの介助・介護を要するもの。「軽快」:完全に社会復帰し、障害が残らないもの。「中等」:入院治療が必要だが、生命の危険がなく、障害も残らない中等症。「軽傷」:外来治療ですむもの
この表によると、二つの救命救急センターを合わせた治療実績は1年半で756人、うち130人が死亡した。17.2%の死亡率で一見高いように見えるか、もともとヘリコプターが出動するような緊急事態は患者の容態も重篤であることが多く、やむを得ないものと考える。
ここで重要なことは、もしもヘリコプターがなかったならば243人が死亡していたと推定されることである。すなわち1年半に2機のヘリコプターで113人の命を救ったことになる。あるいはヘリコプターを使わなければ、死亡者の数は1.87倍――ほぼ2倍に増えていただろうということである。
かつてドイツでは、ヘリコプターを使うことによって交通事故の死亡者が20年間で半分以下に減少した。これをもって「死者半減」といわれたが、上の実績でも死者半減の成果を挙げたといってよいであろう。
次いで「障害」の欄に示すように、後遺症の残った人は、ヘリコプターを使わなかった場合の推定133人が実際は79人に減り、これも59.4%――すなわち4割減の成果となった。さらに「軽快」欄に見るように、障害が残らずに完全に社会復帰をした人は、推定176人が実績343人へと倍増した。
このようにドクターヘリコプターは、試行的事業とはいいながら、わずか1年半の実験運航だけで、重篤患者の死亡と後遺症をほぼ半減させ、社会復帰を倍増させるというみごとな救急成果を挙げたのである。
4 ドクターヘリの本格運用 上述のような成果を挙げて、2001年4月からドクターヘリの本格的な運用がはじまった。初めは川崎医科大学だけであったが、やがていくつかの病院が続き、現在では表2-4に示す7か所でおこなわれている。そして、この2004年春までには静岡県の順天堂伊豆長岡病院を拠点としてドクターヘリ8機目の運航が始まることになっている。
表2-4 ドクターヘリ配備状況
医療機関
所在地
運航開始日
使用機種
川崎医科大学附属病院
岡山県倉敷市
2001年4月1日
BK117
聖隷三方原病院救命救急センター
静岡県浜松市
2001年10月1日
EC135
日本医科大学千葉北総病院
千葉県印旛郡
2001年10月1日
MD900
愛知医科大学附属病院
愛知県長久手町
2002年1月1日
EC135
久留米大学高度救急救命センター
福岡県久留米市
2002年2月1日
BK117
東海大学医学部高度救急救命センター
神奈川県伊勢原市
2002年7月1日
MD900
和歌山県立医科大学付属病院
和歌山県和歌山市
2003年1月1日
EC135
これらドクターヘリは厚生労働省が経費の半分、自治体が残り半分を負担して民間ヘリコプター会社の機材をチャーターし、運営されている。機材は救急医療装備をそなえた救急専用のヘリコプターである。またパイロットや運航管理者も救急医療に関する基礎的な研修を受けたものが従事している。
これらの機材と運航従事者は連日、拠点病院の敷地内に待機し、消防本部からの出動要請を受けて、数分以内に救急専門の医師と看護師を乗せて離陸する。ただし夜間は運航しない。また気象条件の悪いときも一定の基準に適合しない場合は飛行しない。
救急現場では、できるだけ患者に近いところに着陸し、その場で医師が応急治療をおこなう。この治療には通常10〜20分を要するが、それによって患者の容態が安定したところで、ヘリコプターにのせて拠点病院、もしくは症状に応じて最寄りの最適病院へ搬送する。そこで改めて本格的な治療がはじまることになる。
このようにドクターヘリの最も重要な意義は、短時間のうちに医師が現場へ飛び、その場で治療を開始することにある。これによって、第1章で述べたように、緊急事態におちいった急病人や怪我人の一刻も早い治療が可能となる。その効果もいちじるしく大きいことは、前節で見たとおりである。
![]()
5 ドクターヘリの出動実績 現行7か所のドクターヘリの出動実績は表2-5のとおりである。年度の途中から運航がはじまったところがあり、また不慣れなところもあって、必ずしも数字がそろっていないが、運航開始から1〜2年が過ぎて軌道に乗ってきたところでは、年間ほぼ500回前後の出動となっている。
後述するような欧米の先進事例では、同じような救急ヘリコプターの出動回数は年間800回前後になる。ドイツの国土面積は日本の95%に相当するが、そこに69か所のヘリコプター救急拠点があり、2002年の出動平均は1機あたり1,110回だった。2,000回以上の出動をした拠点もある。
ただし、こうした出動回数は対象地域の広さや人口、あるいは夜間飛行や気象条件の良くないときでも計器飛行で出動するかどうかによって異なるので一概に多いか少ないかを決めることはできない。
表2-6 ドクターヘリ出動実績(2002年度) [資料]日本航空新聞社
現場出動 病院間搬送 その他 合 計 前年比 川崎医科大学
128 301 0 429 2.1倍 聖隷三方原病院
356 61 143 560 1.1 千葉北総病院
424 36 1 461 3.8 愛知医科大学
254 72 58 384 12.0 久留米大学
42 87 6 135 135.0 東海大学附属病院
237 27 0 264 ― 和歌山県立医科大学
19 16 0 35 ― 合 計 1,460 600 208 2,268 2.6 構 成 比 64.4%
26.5% 9.2% 100.0% ― 【追 記】
この報告書は2004年3月付で、2003年末に書かれたものである。したがってデータ類も今からすればやや古い。そこで下に、厚生労働科学研究班「ドクターヘリの実態と評価に関する研究」(益子邦洋ほか)に採集された最近のデータを掲載しておきたい。
2003年度ドクターヘリ出動実績
出動件数 診療人数 川崎医科大学
446 442 聖隷三方原病院
455 420 千葉北総病院
571 577 愛知医科大学
462 423 久留米大学
302 270 東海大学附属病院
387 391 和歌山県立医科大学
265 266 合 計 2,888件 2,789人 (HEM-Net、2004.9.24)