<HEM-Net対談>

救急医療体制のあり方

日野原重明(聖路加国際病院名誉院長)

國松孝次(HEM-Net理事長)

  

國松 救急医療の現状をどうお考えですか。

日野原 私は37年前に「よど号」でハイジャックされた経験がありますから、いろいろな惨事や災害の対策に関心がありました。私どもの病院は「聖路加国際病院」と名乗る以上、国際的な会議や事件にいつも備えていなければならない。実用的に機能する病院にしたいと考えています。

 日本で開催された過去3回の東京サミット(主要国首脳会議)の際、私は各国首脳の健康管理の陣頭指揮を執りました。その時、各国から「聖路加国際病院はいいが、ヘリコプターがないのは困る」と毎回言われました。アメリカの大統領はヘリポートが完備されているところにしか行かないという原則があるので、日本はダメだというのです。アメリカ大統領訪日団は救急車まで持ってくるそうですよ。

 聖路加国際病院は隅田川に隣接しているので、私は政府に「聖路加国際病院にヘリコプターが着陸できなければ、隅田川にフローティング・ヘリポートを設置して必要な時に浮き上げるようにすればいい」と働きかけましたが、ヘリポート導入については手続きが非常に難しく、うまくいきませんでした。そこで万が一、事故が起こった時には聖路加国際病院、虎ノ門病院、慶応大学病院で看ることになったのです。もし迎賓館で事故が起きて、どうしても築地の聖路加国際病院までこられないときは、すぐにヘリコプターで神宮球場へ送って信濃町の慶応大学病院に入るという話になりました。こういった側面があり、もっと文明国らしくやりたいなと思ったのです。

國松 救命救急のシステムという点では、どのようなご意見をお持ちですか。

日野原 聖路加国際病院では、救急を断らないという原則を採っています。現在、救急医療は一次(外来診療)、二次(入院)、三次(高次医療)とすべて行ない、毎日たくさんの救急車が来ますが、とにかく断らないで受け入れます。100パーセントの病床が稼働し、しかもここ十年来、入院日数は平均9日と日本で一番短いです。またデイ・サージェリー(日帰り手術)を行っており、手術当日に帰るという体制を整えています。

 しかし、多くの病院は「この病院は三次医療だけ」とか「二次医療まで」という所や「一次医療が忙しすぎるので、救急は他の病院で診てくれ」というのが現状です。したがって今後は医療機関の仕分けをして「一次(外来診療)は診るが、それ以外は別の病院が診る」という仕組みを作り、二次・三次関してはそれを優先的にみて患者を断らない病院を作るといいでしょう。現在、大病院ですら「救急はしていません」とか「第三次医療はしていません」と平気でいう病院が大多数です。

地下鉄サリン事件への対応

日野原 救命救急は、いざという時に迅速に動けるよう事前に訓練しておかないと機能するものではないと思います。日常的にドクターヘリがどんどん飛んで行ったり飛んで来たりという形になれば、大きな災害があった時にも即座に対応できるでしょう。先日、尼崎で起きたJRの脱線事故の時も患者が大阪や神戸の病院まで運ばれたんですよね。

國松 1995年の阪神淡路大震災のときには全く飛びませんでしたが、尼崎事故の時は10機くらいのヘリコプターが出ています。

日野原 阪神淡路大震災のときは、透析の患者さんなど本当に困ったんですよ。

國松 阪神淡路大震災と時を同じくして東京で地下鉄サリン事件が起きましたが、あのときの救急では先生が陣頭指揮をされたのでしたね。

日野原 聖路加国際病院を建てるとき、災害に対応できる病院になるよう設計や配置をしていたので、サリン事件の時に被害患者640人を一挙に入院させることができました。事件が発生したのが朝7時50分でした。7時半から幹部会議を開いているところに「救急の医師を地下鉄に派遣してくれ」と連絡が入りました。「原因はわからないが大変なことが起こっている、みんな倒れている」というのです。

國松 あの時、私は警察庁長官でした。聖路加にどんどん患者が搬送されましたね。

日野原 墨田区などの診療所からも電話やファクスが来て「どういう治療をしたらいいか教えてくれ」といわれましたが、診断がつくまでに1時間かかりました。松本に連絡して、症状がそっくりだとわかったのです。

國松 短い時間でサリンとわかったのは、前年に松本のサリン事件があったからですか。もし長野がなければもっとわかりにくかったかもしれませんね。

日野原 そこで、既に麻酔がかかっている人は別として、手術の中止を決め「何人になるかわからないが、全員収容しなさい」と指示しました。私どもの病院は廊下やラウンジからチャペルまで壁に酸素やサクションなどの配管が施されていますから、どこでも病室になります。だから、多くの患者の収容が可能だったのです。

病院の廊下を広くする

國松 先生は聖路加病院を建てる際に、スイス、スウェーデンを訪問されたと伺いました。配管なども海外で見学して導入されたのですか。

日野原 スウェーデンの病院で知りました。「廊下がなぜあんなに広いのか」と問うと「これは災害を被ったり戦争が始まったときに、廊下でも病院の活動をするために必要なのです」ということでした。そして、地下には手術室があります。あれは素晴らしい。

 廊下に酸素などの配管をして病室に転用できるようにしたのは、聖路加国際病院が日本で初めてです。また、10×5メートルの地下の貯水池もあり、常に循環ろ過しているので飲料水や透析にも使えます。

國松 日野原先生は医師であり、危機管理の面で大家でもありますね。

本誌 先生は、最近日本の医師のレベルが低下しているとおっしゃっていますね。

日野原 聴診器もよく使えないし、機械がないと診断できない。だから、まず検査してから診断を決めるわけです。過去の病歴を聞き、診察をして「これは大体こうだ」という意思決定ができない。「まず調べましょう」となる。だから無駄な検査が多いのです。そんな診察では救急医療の場合、全然間に合いませんね。

本誌 若い医師のスキルがないというのは、教育が悪いのですか。

日野原 教える医者がいないのです。今は現場ではなく机上の講義で教えるので、意味がないんですよ。講義でまず一通り理論を教えて、卒業してから現場に行く。教育が講義と現場で分かれてしまっているのですね。

國松 先生はアメリカに留学しておられますが、アメリカ流というのは学生の時から現場でどんどん経験を積むと聞いています。

日野原 日本の救急医療が遅れている理由として、管轄の問題があります。総合大学の医学部は文部科学省、卒業後の病院は厚生労働省です。私は、優れた救命救急を行なっている病院施設じゃないと学生を指導できないと考えています。しかし文部科学省は「それは卒業してからのことだ」というんですね。二つのお役所によって卒業前と卒業後の連携が切れてしまっているのです。これはたいへんおかしなことです。

國松 日本は全てがそうです。法学部でもそうですから。学生時代から現場で研修しながら学ぶことが必要なのです。特に命を扱う救急医療にはそれが大切なのだと思います。

病院の善し悪しは救急体制で分かる

本誌 救急の医師は私たちから見るとスーパーマンに見えるんです。しかし、救命救急の現場では若い医師があまり来てくれないと嘆いていますが。

日野原それは、急患を受け入れない現状しか見ていないので、行きたいという気持ちにならないのでしょう。日本は救急医療が遅れていますよ。専門の医師が少ないし、若い医師の訓練がなされていない。だから病院の善し悪しを判断するのに、救急を見せてもらうといいですよ。優れた病院はいかにシステムがちゃんとしているかが解りますから。

 アメリカは、研修医の勤務時間が月80時間以上にならないように法律で定めました。当直で夜勤をしたら、翌日の正午から1日休むというルールもあります。やはり、きちんとしたシステムを作らないといけません。

國松 聖路加国際病院は100%の病床が稼働しているそうですが、多くの病院はベッドが空いて困っているといいます。

日野原 多くの大学病院は患者を長く入院させ、新患が来たら退院させる。そして週末には退院させない。

 聖路加国際病院では患者希望が原則なのでいつでも退院できます。そして、午前に入院して午後に退院するというケースもありますので、ベッドが520床なのに1日で540人が入院した事もあります。ベッドを効率よく回転させ、しかも入院期間が短いのです。ヘルニアや虫垂炎、その他即日退院できる人は外来で手術して、上手に病床を回すようにしています。

国全体のシステム作りが必要

日野原 救命救急士が気管内挿管をして酸素を与えたことが法律違反で問題になりましたが、医師よりも上手な能力のあることがわかったので、急きょ法律ができました。医師でなくてもその能力があるという証明があれば、気管内挿管ができるようになったのです。

 今、私が取り組んでいるのは、看護協会を説得して、医療と診断ができるナースが医師とチームを組むというシステムを作ることです。これまで看護職の側は「看護と医療は違う」と医療から離れていたのですが、その意識を変えるべきです。ナースを5年間訓練すると、その専門ナースは医師同様のレベルになります。文部科学大臣と厚生労働大臣に諒解を求めて、このシステムを導入して法律を早く変えましょうという運動をやろうとしています。

 麻酔師についても同じです。今の問題点はどの病院でも麻酔医が足りないということですね。アメリカには、ナースの資格を得た麻酔師(看護麻酔師)が8割います。過日、三重大学で麻酔医全員が「辞める」と院長に申し入れたそうです。結局、問題解決の方法として、麻酔医の団体を作って病院と契約し、外注するということで何とか手術を続けられることになりました。こういった問題が全国にたくさんあります。民間の病院では麻酔医がいないために、国立の大学病院などで働いている麻酔医が、週末に民間の病院に赴いて手術をしています。この状態は問題です。

國松 麻酔医が足りないという話は良く聞きます。ドクターへリを促進する立場から申し上げると、あらゆる総合病院に麻酔医を配置しようとしても、とても足りないのが現状です。ですから病院の機能を分化し、特定の病院に専門医を集中させる。特に、三次救急医療はこの病院に連れてきたら大丈夫だという仕組みを作る。そうなると遠い所からもその病院へ患者を搬送する必要があります。そこで、遠方からはヘリコプターで運ぶ仕組みが必要となるのです。

 現在、医療改革や医療資源の適正配分などの問題提起がなされています。そのためにも、医師が現場に行って患者を連れてくるという患者と医師の搬送手段を救急車に限定せず、多様化すべきではないでしょうか。

日野原 私は、そういうシステム作りを国が援助し、地方自治体も一緒になって協力しなければならないと思います。個人の努力で個別にできても、それでは普遍性がありません。

サリン救急を経験した医師たち

國松 実は、消防防災ヘリがドクターヘリ的に活用されて、非常に活躍している所もあるのです。たとえば先日取材した高知県の高知医療センターにはとても熱心な先生がいて、1機しかないヘリコプターをどんどん回しています。熱心な方がいる所は一生懸命やっているのですが、関心の低い所は何もできない、していないのが現状です。

本誌 高知医療センターの救命救急課長の先生が、救命救急に行ったひとつのきっかけは、聖路加国際病院に外科医として勤務していた際、地下鉄サリン事件で救急にあたったことだそうです。その経験から救命救急をやろうと思い、川崎医大に行かれました。そして高知県がヘリコプターで患者を搬送できる新しい医療センターを作るというので、病院を設計する段階から参加を要請されたそうです。高知医療センターも聖路加国際病院と同じく、災害時に備えて酸素などの施設を整えた廊下やロビーが広い病院でした。

國松 順天堂大学付属病院に救命救急に熱心な先生がいらっしゃいますが、やはりサリン事件の現場で働いていた方です。あの時サリンの現場で治療された先生方が、いま全国各地に散らばって救命救急の第一線で責任者となり、新しい医療体制を形作ろうと芽吹いて行っているのですね。

医学の進歩と救急医療のバランス

國松 先日、日野原先生が新聞に書かれた『救急用ヘリの普及急いで』というコラム(朝日新聞3月11日付)を読ませていただいたのですが、私たちは、先生がヘリコプター救急の重要性をよくご理解いただいていることを知り、大変心強く感じました。

日野原 ドクターヘリの先駆けである倉敷の川崎医科大学付属病院ができた時、学長が私の同級生だったので、ヘリポート設置の相談などいろいろと関係がありました。また、浜松の社会党代議士で聖隷三方原病院の基礎を築いた長谷川保さん(故人)からもヘリコプターのことを聞いていましたから。

國松 私たちは「救急専用の病院にヘリポートがあり、そこにヘリコプターがいつも待機し、緊急事態があれば医師がすぐに乗って現場に行く」という仕組みができなければ、救命救急として間に合わないと考えています。それが、現在全国で9つの道と県に10機しかないのです。まだまだ足りません。

日野原 医師が同乗する救急医療専用のドクターヘリをもっと増やさないと、本当の意味での救急医療の充実にはつながらないですね。

 國松さんがスイス大使として現地に行かれ、ドクターへリの現状を見たという記事に私は感激しました。

國松 スイスのヘリコプターは1機あたり年間1,000回は飛びますから、全く次元が違うという感じです。日本でのドクターヘリの導入には1機当たり年間で約2億円必要です。1億円は国から出ますが、あとの1億円は県が負担しなければなりません。ところが県の予算がなかなか出ない。ですから、和歌山県を唯一の例外として、大きな道県から導入されています。

 しかし、本当にヘリコプターが必要なのは山間部、田園部の多い小さい県なのです。東北各県などでは救急車では全然間に合わないのが実状でしょう。つまり話が逆転しており、ドクターヘリを一番必要とする県が後回しになっています。この仕組みはおかしいのではないかと盛んに主張しているのですが、国会でもドクターヘリの法案を作る動きが出ていますが、まだまだ関心が低いのが現状です。現実問題として、厚生労働省と消防庁間の調整をどうしていくのか難しいところがあります。

日野原 日本は医学の進歩と救急医療とのバランスが取れていないのですよ。


REGAヘリコプター拠点の一つ

ドクターヘリは当然の存在

國松 私たちはドクターヘリのシステムを作り、ヘリコプターの運航費用をどこが負担するという仕組み作りをしなければなりません。お金がないからドクターへリは身動きが取れないというのはちょっと知恵のない話で、費用負担の問題についても工夫が必要です。私たちは、保険を使ったらどうかと提案しています。しかし、厚生労働省はヘリコプター運航費を保険給付の対象にする意向を持っていません。また、スイスにはREGA(スイス・エアレスキュー)という民間の航空救助隊があって、国からは一切補助金を受けずに保険と寄付金で運航しています。そういった仕組みをスイスのような小さな国が作っているのですから、日本だって知恵を絞れば、お金が出てこないということはないのではと考えています。

日野原 それは極めて重要なことです。私たちも「日本の医療は国際的なレベルである」とはっきりジャッジされるよう努力が必要です。また世論が「各県にドクターヘリがあるのが当然だ」という常識にならないといけません。「導入のためなら消費税の値上げもあり得る」というように世論を変えていかなければならないですね。

國松 救急医療という分野が日本はいかに遅れているかということを国民に良く認識していただき、国民の関心を高めていくことが必要ですね。ドクターへリの導入やヘリポートを作るために、私たちもこれからいろいろと努力が必要です。

日野原 個人の努力では限界がありますから、地域住民のための講演会を開いて、国を挙げての意識改革の運動をしていかないと政府は動きません。民間の声はこれから強くなりますから。そういう意味でも良いシステム作りをしないといけませんね。

 日野原重明(ひのはらしげあき)

聖路加国際病院名誉院長・同理事長。聖路加看護大学理事長。財団法人ライフ・プランニング・センター理事長。1911年生まれ。京都帝国大学医学部卒業。1998年東京都名誉都民、1999年文化功労者、2005年文化勲章受章。2006年10月には95歳になるも、今なお現役医師として活躍。

 國松孝次(くにまつたかじ)

救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)理事長

(HEM-Netグラフ、2006年秋号所載)


(写真:五十嵐栄二)

(HEM-Net、2007.6.3)

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