第6章 ヘリコプター救急と交通事故
――まとめと結論に換えて――
1 戦場から日常へ アメリカは世界で最も早くヘリコプター救急を実践に移した国である。すでに第2次世界大戦中、実用化されたばかりのヘリコプターをフィリピンや中国の戦線に投入し、着弾観測や連絡と共に、負傷兵の救急搬送に使用した。
その後、朝鮮戦争では2万人以上の負傷兵が野戦病院までヘリコプターで搬送され、ベトナム戦争では20万人以上が搬送された。その結果、負傷兵の死亡率は第2次大戦中に100人中10人だったものが、朝鮮では100人中2.5人、ベトナムでは1人にまで減った。
こうしてヘリコプター救急は、朝鮮戦争やベトナム戦争で本格化し、国内の交通戦争にも使われるようになった。
米国のヘリコプター救急は当初、1960年代から70年代の頃、軍や公的機関によるものが多かった。その内容は、けが人や病人を拾い上げて運ぶだけ(scoop and run)という初歩的な救急搬送である。米警察航空協会によれば、1988年当時、全米で470機のヘリコプターが警察に使われていたが、その25%程度が救急飛行をしていたという。ただし、ほとんどが兼用機で、救急専用機は極くわずかであった。
ヘリコプター救急のほとんどは、当時も今も民間ヘリコプターのチャーターによっておこなわれている。ほかに、わずかながら病院自身がヘリコプターを所有し、自ら運航しているところもある。
病院拠点のヘリコプター救急がはじまったのは1972年10月12日コロラド州デンバーであった。聖アンソニー病院が民間機をチャーターして、屋上に待機させたものだが、そうした救急事業が1980年には全米42ヵ所に増え、総飛行時間は推定20,750時間となった。そして1986年、事業数は3倍以上の150ヵ所に増加、約95,000人の患者がヘリコプターで搬送された。
1991年には救急専用のヘリコプターが全米で225機となり、総飛行時間は約162,000時間となった。
1995年までに、全米の救命救急センターは5,000ヵ所ほどになったが、その4分の1がヘリポートを備えるようになった。
そして現在、2005年には650機以上の救急専用ヘリコプターが飛び、総飛行時間は30万時間を超えている。
2 飲酒運転の問題 上述のような体制でおこなわれている米ヘリコプター救急の効果は、すでに見てきたとおりである。ドイツと異なり、交通事故の死者が目に見える形で減っているわけではないが、国土が広いだけに航空機を利用する意義は大きい。ヘリコプターがなければ、アメリカの医療過疎は甚だしいものとなっていただろう。
それにしても、死者の絶対数が減らないのは一見して交通の安全が向上したようには思えない。そこで今、アメリカでは飲酒運転による事故が問題として大きく取り上げられている。
前章の表5-9に示すように、交通事故死の4割が飲酒運転である。アメリカでは出先で酒を飲んでも、たいていの場合は自分で運転して帰らざるを得ない。メリーランド州警察のカー警部も、酒酔い運転がなくなれば事故も死者も、もっと減るのだがといって嘆いていた。
近年は日本でも同じような傾向が出てきた。そこで今から3年前、2002年6月に飲酒運転の罰則が強化された結果、表6-1に示すように、酒酔い運転は大きく減少した。10年前にくらべて飲酒事故は半減したのである。
表6-1 日本の飲酒運転の減少
[資料]平成17年交通安全白書(内閣府)
年 飲酒なし事故件数 飲酒事故件数 合 計 飲酒事故比 1994
7,526 1,458 8,984 16.20% 1995
7,607 1,391 8,998 15.50% 1996
7,083 1,296 8,379 15.50% 1997
6,954 1,240 8,194 15.10% 1998
6,558 1,267 7,825 16.20% 1999
6,502 1,257 7,759 16.20% 2000
6,554 1,276 7,830 16.30% 2001
6,305 1,191 7,496 15.90% 2002
6,127 997 7,124 14.00% 2003
5,897 780 6,677 11.70% 2004
5,694 710 6,404 11.10%
酒は、日本人より白人の方が強いというのは俗説か学説か知らぬが、酩酊すればやはり事故につながる。日本の飲酒運転が半減したように、アメリカも同じように減ればどうなるだろうか。年間42,000人の死者のうち4割が半分になるということは、8,400人の減少である。したがって、死者の総数は33,600人になる。
ちなみに、日本の酒気帯び運転は血中のアルコール濃度0.05%以上とされている。清酒1合を飲んだ程度だそうである。それに対しアメリカは0.08%まで認められる。この7月末までは、州によって0.10%まで可とされていた。なおスウェーデンは0.02%までしか認められない。
さらに実は、アメリカの交通事故で酒酔いに次いで多いのがスピード違反である。スピードの出しすぎによる事故は全体の3割を占める。日本では1割程度だが、アメリカのスピード違反も1割に減るならば死者の数も8,400人減となるであろう。
上の仮定から、酒酔いとスピードを合わせて16,800人が減るならば、アメリカの交通事故の死者42,000人は25,200人になる。「死者半減」とまでは行かないが、ちょうど4割減である。
3 交通事故の日米比較 上に見たようなアメリカの状況に対して、日本の交通事故はどうであろうか。両国のもようを比較すると次表6-2のとおりとなる。
表6-2 交通事故の日米比較
アメリカ 日 本 自動車走行距離(億マイル)
28,800 4,931 人身事故件数(件)
1,963,000 947,993 事故率(件/億マイル)
68.2 192.3 事故死者(人/年)
42,643 8,877 死亡率(人/億マイル)
1.48 1.8 [注1]事故死者数は日米ともに30日以内の死者
[注2]日本の走行距離は7,934億キロを億マイルに換算
[資料]米政府データおよび平成17年版交通安全白書自動車走行距離は当然のことながら、広大なアメリカの方が日本の6倍に近い。しかし人身事故の発生件数は2倍程度である。したがって事故率としては、日本がアメリカの3倍近くになる。
同じように、事故による死亡率も日本の方が高い。日本の道路交通も決して安全とはいえないのである。その現状を改善し、死亡率を引き下げるには、第3章で見たヘリコプター救急と事故死との相関関係からしても、もっともっとヘリコプターを活用すべきであろう。それには官僚機構の縦割り、行政上の規制、ヘリコプターの運航に対する偏見など、今後なおさまざまな障害を排除し改善してゆかねばならない。
(完)
(HEM-Net、2006.1.2)
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