<調査報告書>

医療過疎の克服

 

第2章 米国のヘリコプター救急体制

1 医療過疎アメリカ

 アメリカでは、全国に500機を超える救急ヘリコプターが配備されている。一見多いようだが、国土面積が広いために、配備密度にすれば欧州諸国にくらべてまばらである。したがって1機当たりの担当範囲も広くならざるを得ず、現場到着までの時間もかかるため救急効果も薄くなってしまう。

 さらに病院間搬送は別として、現場救急にはほとんど医師が乗ってゆかない。その点でも、医師同乗を原則とする欧州に比して救命効果が低いというのが一般的な見方である。

 アメリカは、したがって医療過疎の地域が多い。しかし、その一方で航空の発達もいちじるしいところから、航空と医療が結びつくのは必然的な成りゆきであった。いかにまばらといっても、それだけにまた、多数のヘリコプターや固定翼機が救急医療に使われるようになった。

 さらに医師が乗る代わりに、メディカル・コントロール体制が発達し、フライト・ナース(飛行看護士)やパラメディック(救急救命士)に徹底的な救急治療の技能と権限を賦与し、ふつうの医師をはるかにしのぐ現場治療が可能となっている。

 こうした航空医療体制を少しでも効率よく運用するために、3年ほど前のことADAMSとよぶデータベースがつくられた。これは今回の調査行で最初に訪れた米航空医療学会(AAMS:Association of Air Medical Services)が中心となって、関係各方面の協力を得ながらつくり上げたものである。

2 ADAMSデータベース

 では、ADAMSとはどんなものか、どんな機能を持つのだろうか。

 ADAMS(Atlas and Database of Air Medical Services)はアメリカの航空医療サービスのための、初めての地図情報である。これを地理情報システム(GIS:Geographic Information System)と組み合わせてインターネットにのせることにより、全米どこからでも所要のヘリコプター救急体制を知ることが可能となり、交通事故発生に際してのヘリコプター救急も迅速に発動できるようにするのが目的である。

 すなわちADAMSには、全米のヘリコプター救急拠点について、数量や文字による情報と地図情報が収めてあり、パスワードを使ってどこからでも利用することができる。現在ウェブ上で動いているのはADAMS第2版で、2004年10月1日現在のデータを収めてある。2005年版も近く完成の予定という。(後記:2005年10月1日から2005年版が動きはじめた)

 ADAMSの作成に当たったのは、AAMSと交通事故障害研究所(CenTIR)を中心として、ニューヨーク州立大学、エリー・カウンティ医療センターが協力し、米運輸省ハイウェイ安全局が資金を出した。

 ADAMSの基本的な発想は、ドイツの半径50キロ圏の円を描いた地図から刺激を受けたものという。米国で発生する交通事故と多数の死傷者を減らすには、そうした体系的な仕組みが必要と考えたのである。米国のヘリコプター救急は過去30年来、人道的な意義は当然として、各病院の事業拡大も誘因のひとつとして、バラバラに発展してきた。それゆえドイツのような総合的な体系に欠けるきらいがあった。

 そこでADAMSは全米のヘリコプター救急拠点を一望できる形にまとめ、上述のようなデータを集積するとともに、これらの拠点から10分、20分、30分で飛べる地域範囲を計算し、地図情報として描くことにした。

 この飛行時間距離はヘリコプターの速度から割り出したもので、各拠点に配備されているヘリコプターの機種によって異なり、速度の速いヘリコプターは円も大きくなる。

 加えて、ADAMSデータベースに世界的な進歩を遂げつつある高度交通システム(ITS:Intelligent Transportation Systems)を背景とする事故自動通報システム(ACN:Automatic Crash Notification)を組み合わせ、日常的に活用するならば、救急ヘリコプターの出動がはやくなる。それによって死者を減らし、負傷の程度を軽減し、交通事故に伴うさまざまな費用を削減することも可能となる。それがADAMSの実用上の目的であった。

3 大規模災害にも有効

 さらにADAMSは交通事故ばかりではなく、大規模災害にも役に立つ。

 ちなみに、アメリカのさまざまな災害がもたらす結果は、毎年、次のような恐るべき損害となっている。

 こうした被害を減らすために、長年にわたってさまざまな救急救援体制が構築されてきた。その中で航空医療サービスは事故現場での救急治療や病院間の緊急搬送など、きわめて重要な役割を果たしてきたことは間違いない。その機能をさらに高めようというのがADAMSにほかならない。

4 ADAMSと交通事故

 大規模災害への対応もさることながら、ここでは交通事故に話題をしぼる。

 救急ヘリコプターは、死者または重傷者が出たり、何台かの車がぶつかり合うような大きな交通事故が発生すると、日常的に出動する。米国では、そうした死傷者を伴う交通事故が数多く発生しており、毎年42,000人以上が死亡、50万人が入院し、25万人が重傷を負っている。

 最近10年間の状況は下表の通りである。

 

表2-1 米国の交通事故

事故発生件数
(千件)

負傷者(千人)

死者(人)

1994

6,496

3,266

40,716

1995

6,699

3,465

41,817

1996

6,769

3,483

42,065

1997

6,624

3,348

42,013

1998

6,334

3,192

41,501

1999

6,279

3,236

41,717

2000

6,394

3,189

43,005

2001

6,323

3,033

42,196

2002

6,316

2,926

42,815

2003

6,328

2,889

42,643

 上の表に見る通り、米国の交通事故は、この10年間、発生件数も死亡者の数もほとんど変わっていない。というよりも、減少の傾向が見えない。関係者のさまざまな努力にもかかわらず、毎年同じように多数の人びとが死んでいる。ただし一方では車が増加し、交通量が増えているので、相対的な死亡率は減少している。具体的な数字は後述する。

 さらに近年は、交通事故自動通報システム(ACN)が普及しはじめたので、今後は死者の絶対数も減ってゆくものと見られる。しかし、そのためにはACNによって自動的に、事故の発生が最寄りの911番へ伝達され、即座に対処できるような体制をつくらねばならない。この場合、その地域の救急隊が出動すると同時に、ヘリコプター救急拠点や患者を受け入れる病院施設へも情報が伝わるようにしなければならない。

 これによって、患者は短時間のうちに適切な治療を受けることが可能となる。それにはACMとADAMSの組み合わせが有効であろうというところから、米運輸省はADAMSの開発費用を提供し、公共の安全性向上のためにADAMSの実現を支援した。

5 ADAMSの詳細

 ADAMSは、繰り返しになるが、救急ヘリコプターに関する所要の情報を集積したデータベースである。具体的にはヘリコプターの出動拠点、通信センター、救命救急センターその他の医療施設などの情報を含んでいる。

 またヘリコプターの運航にあたる機関――非営利団体、企業、公的機関(警察、消防)、さらに日常的に救急業務を提供している軍隊の情報も含む。

 ヘリコプター自体の情報としては、それらが待機する拠点や出先基地ごとに機種、機数、登録記号が記載されている。さらに、これらの文字または数字の情報が地理情報システム(GIS)に組みこまれているため、インターネット上でパスワードを使って、地図として見ることもできる。

 これらのアクセス権は、正規の救急機関、AAMS会員、ACN関係者、防災および本土安全保障関係者、救急治療関係者、その他健康福祉関係者などに与えられる。アクセス権者は、ADAMSから取り出したデータにもとづいて、自分の地域の特性に合わせてデータを加工し、実務上使いやすく改変することもできる。

6 地図情報

 下のADAMS地図は、米国内でヘリコプター救急がおこなわれている地域を示す。

 地図上の青い円は、ヘリコプターが待機の拠点から10分以内に飛行できる範囲を示す。円の大きさは拠点ごとの機種により、飛行速度の違いによって異なる。速度のはやいヘリコプターが使われている地域は、円の形も大きくなる。

 ただしヘリコプターの出動要請後、離陸までの準備や現場上空での着陸地点探査の時間がかかるので、実際に救急治療がはじまるのは事故発生から15〜20分後ということになる。したがって飛行距離10分という円形は、事故から治療開始まで15分の範囲とみなすべきであろう。

 以上によって集積したADAMSの基本データを、州ごとにまとめると表2-3のようになる。ここにはヘリコプター救急事業(プログラム)数、ヘリコプター拠点数、拠点の内訳(病院か、飛行場か、独立したヘリポートかなど)、ヘリコプターの機数が示され、それらの数値と照らし合わすことができるよう、各州の人口と面積ものせてある。

 ここから読み取れることは、合計欄に示すとおり、全米のヘリコプター救急事業数が256、ヘリコプター拠点数が546ヵ所、救急ヘリコプター数が658機である。また拠点の内訳は、アメリカの典型とされる病院拠点が227ヵ所で、全体の4割強にすぎない。むしろ空港や飛行場を拠点とする方が病院よりも多く、244ヵ所となっている。その他、独自のヘリポートで待機しているものが75ヵ所である。

 このように救急ヘリコプターの待機の拠点が病院でなくてもいいのは、先にも述べたようにメディカル・コントロール(MC)の制度が発達しているためである。このMC体制によって、必ずしも医師が現場へ飛ぶ必要はなくなり、実際にヘリコプターに乗るのはフライト・ナースとパラメディックが多い。彼らは医師に匹敵する救急治療能力と権限を持つので、自らの判断によって現場で救急治療をすることができる。

 なお、現在ADAMSに含まれるデータは、実際に救急サービスを提供している救急機関の95%程度を網羅していると考えられている。したがって、このほかにも多少の救急ヘリコプターが飛んでいるはずだが、将来はそれらを取り入れると共に、へき地の救急にあたる固定翼機の情報も取り入れる予定という。

 ちなみに国際ヘリコプター協会(HAI)の、米救急ヘリコプターに関する最近の集計は下表のとおりである。

表2-2 米救急ヘリコプターの機数と飛行時間

   

2005年

1991年

救急ヘリコプター数

650機以上

225機

飛行時間

300,000時間以上

162,000時間

表2-3 米国各州のヘリコプター救急体制(2004年10月現在)

プログラム数

ヘリコプター救急拠点

ヘリコプタ数

人口

面積

病院

空港

その他

合計

AL

2

0

4

3

7

7

4,447,100

52,423

AK

8

1

6

1

8

25

626,932

656,425

AZ

9

13

19

5

37

46

5,130,632

114,006

AR

1

2

3

4

9

9

2,673,400

53,182

CA

27

8

34

6

48

60

33,871,648

163,707

CO

4

9

0

0

9

9

4,301,261

104,100

CT

1

2

0

0

2

2

3,405,565

5,544

D.C.

2

0

0

1

1

3

572,059

68

DE

2

1

2

0

3

5

783,600

2,489

FL

26

10

23

2

35

42

15,982,378

65,758

GA

4

2

9

1

12

14

8,186,453

59,441

HI

2

0

2

0

2

5

1,211,537

10,932

ID

5

5

2

0

7

8

1,293,953

83,574

IL

7

9

5

2

16

17

12,419,293

57,918

IN

3

4

3

2

9

11

6,080,485

36,420

IA

6

7

0

0

7

7

2,926,324

56,276

KS

4

2

8

0

10

10

2,688,418

82,282

KY

3

9

4

1

14

14

4,041,769

40,411

LA

4

3

5

2

10

9

4,468,976

51,843

ME

1

2

0

0

2

2

1,274,923

35,387

MD

1

0

10

2

12

16

5,296,486

12,407

MA

2

1

1

1

3

4

6,349,097

10,555

MI

7

6

3

0

9

11

9,938,444

96,810

MN

5

3

5

0

8

11

4,919,479

86,943

MS

3

2

0

1

3

4

2,844,658

48,434

MO

7

8

10

8

26

29

5,595,211

69,709

MT

4

4

0

0

4

4

902,195

147,046

NE

4

6

1

0

7

7

1,711,263

77,358

NV

1

3

2

1

6

6

1,998,257

110,567

NH

1

1

0

0

1

1

1,235,786

9,351

NJ

2

2

1

0

3

3

8,414,350

8,722

NM

3

2

4

1

7

8

1,819,046

121,593

NY

12

3

9

6

18

26

18,976,457

54,475

NC

8

7

2

1

10

13

8,049,313

53,821

ND

2

2

0

0

2

2

642,200

70,704

OH

7

7

11

5

23

24

11,353,140

44,828

OK

2

5

4

0

9

11

3,450,654

69,903

OR

3

1

3

0

4

4

3,421,399

98,386

PA

10

15

15

5

35

37

12,281,054

46,058

RI

0

0

0

0

0

0

1,048,319

1,545

SC

4

3

0

1

4

5

4,012,012

32,007

SD

4

4

0

0

4

4

754,844

77,121

TN

5

10

4

4

18

21

5,689,283

42,146

TX

17

25

13

5

43

54

20,851,820

268,601

UT

2

5

0

1

6

7

2,233,169

84,904

VT

0

0

0

0

0

0

608,827

9,615

VA

9

2

11

1

14

18

7,078,515

42,769

WA

2

1

5

1

7

9

5,894,121

71,303

WV

 

1

3

0

0

3

3

1,808,344

 

24,231

 

WI

 

8

6

1

1

8

10

5,363,675

 

65,503

 

WY

 

1

1

0

0

1

1

493,782

 

97,818

 

合 計

 

256

 

227

 

244

 

75

 

546

 

658

 

281,421,906

 

3,787,419

 

[資料]AAMS

[注]面積の単位は平方マイル。うちメリーランド州(MD)は上表のとおり12,407平方マイル。すなわち32,134kuだが、水域を除くと25,315kuで、日本の15分の1。

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